【動画解説】日本は2006年まで戦争中だった!?|モンテネグロとの「なんとなく戦争」の真実

29/11/2025


 

コメントできるようになりました 織田信長

 

kawauso編集長

 

実は日本、2006年まである国と戦争状態にありました。その相手は、東欧の小国「モンテネグロ」。100年以上も続いた、奇妙な戦争の結末とは?

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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発端は1904年の日露戦争

日本兵vsロシア兵(日露戦争)兵士

 

事の発端は、1904年に勃発した日露戦争にさかのぼります。当時、ロシアと仲良しだった「モンテネグロ公国」は、「おう、日本に宣戦布告じゃ!」と参戦を表明しました。しかし、実際に戦闘が行われた記録はゼロ。つまり「言っただけ」の宣戦布告だったのです。

 

  • モンテネグロ公国はロシアとの友好関係から、日露戦争時に日本へ宣戦布告しました。
  • しかし、実際には戦闘行為は一度も行われませんでした。
  • 義勇兵を満州に派遣しましたが、戦うそぶりは一切なく、完全な「お付き合い参戦」だったようです。

 

 

 

102年越しの「うっかり」終戦

国会議事堂

 

時は流れて2006年、モンテネグロが独立する際、「あれ?日本とまだ戦争中じゃね?」と気づきます。これを受けて日本政府も「え、マジ?公式に平和状態ですし、終了しましょう」と対応。こうして、102年にも及ぶ「なんとなく戦争」がついに終結しました。

 

  • 2006年のモンテネグロ独立時に、戦争状態が継続していたことが発覚しました。
  • 日本政府が独立承認と同時に平和状態を確認し、正式に終了しました。
  • なぜ忘れられていたかというと、日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)に、ロシアがモンテネグロを招待しなかったためです。

 

 

 

はじめての明治時代

 

 

【まとめ】戦わなかった平和な戦争

 

100年以上も戦争状態だったのに、一度も戦わず、最後はあっさりと終了。なんとも平和すぎるエピソードですが、歴史にはこうした「うっかり」が潜んでいるものなんですね。

 

 

Q&A:よくある質問

読み書きができた紫式部(はてな)

 

Q. なぜ戦争が終わっていなかったのですか?

日本兵vs清兵(日清戦争)兵士

 

A. 日露戦争の講和会議(ポーツマス条約)にモンテネグロが呼ばれず、講和条約を結び損ねたため、国際法上は戦争状態が続いていることになっていました。

 

 

Q. モンテネグロは実際に日本と戦ったのですか?

ほの日新聞(書類)

 

A. いいえ、宣戦布告はしましたが、実際の戦闘記録はゼロです。義勇兵は派遣されましたが、戦闘には参加しない形だけの参戦でした。

 

 

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