「五寸釘の寅吉」の異名を持つ伝説の脱獄王、西川寅吉。彼が脱獄を繰り返した驚きの理由と、その人生を変えたある看守との出会いについて解説します。
この記事の目次
叔父の仇討ちと執念の脱獄劇
西川寅吉は幕末に極貧農家の息子として生まれました。14歳の頃、可愛がってくれていた叔父が賭博のトラブルでヤクザに殺されたことに激怒し、相手を刺して家に火を放ち、無期懲役となって三重県の監獄に収監されました。しかしその後、殺したはずのヤクザが生きていたことが判明。これを知った受刑者たちが寅吉に協力し、最初の脱獄を成功させました。
- 14歳で叔父の仇討ちのために事件を起こし、無期懲役となりました。
- 仇が生きていたことを知り、受刑者仲間の協力を得て脱獄しました。
- その後も捕まるたびに執念深く脱獄を繰り返し、日本中を逃げ回りました。
「五寸釘の寅吉」の由来と改心
「五寸釘の寅吉」という異名は、秋田の監獄を脱獄した際のエピソードに由来します。高い塀を乗り越えて着地した際、運悪く五寸釘を踏み抜き、足に釘が貫通してしまいました。しかし寅吉は、なんと釘が刺さったまま12kmも走り続けたといいます。その後も北海道の樺戸監獄などを脱獄し、最終的に網走監獄へ送られました。そこで出会った看守が寅吉に親切に接してくれたことに感激し、彼は二度と脱獄せず模範囚となりました。
- 脱獄の際、五寸釘が足に刺さったまま12kmも逃走した伝説からその名がつきました。
- 数々の脱獄を繰り返しましたが、網走監獄で親切な看守に出会い改心しました。
- 大正13年に71歳で仮釈放され、昭和16年に87歳で亡くなりました。
【まとめ】人の優しさが脱獄王を変えた
日本史上類を見ないほどの脱獄回数と驚異的な身体能力を持っていた西川寅吉。しかし、そんな彼を最後に繋ぎ止めたのは、頑丈な手錠や高い塀ではなく、一人の看守の「優しさ」でした。波乱万丈な人生の最後は、穏やかなものだったようです。
Q&A:よくある質問
Q. なぜ「五寸釘の寅吉」と呼ばれているのですか?
A. 秋田の監獄から脱獄する際、着地した場所に落ちていた五寸釘を誤って踏み抜き、足に刺さったまま12kmも逃走したという伝説的なエピソードがあるからです。
Q. 西川寅吉は最後どうなりましたか?
A. 網走監獄で看守の優しさに触れて改心し、模範囚として過ごしました。71歳で仮釈放された後は天寿を全うし、87歳で亡くなりました。
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