実は日本、2006年まである国と戦争状態にありました。その相手は、東欧の小国「モンテネグロ」。100年以上も続いた、奇妙な戦争の結末とは?
この記事の目次
発端は1904年の日露戦争
事の発端は、1904年に勃発した日露戦争にさかのぼります。当時、ロシアと仲良しだった「モンテネグロ公国」は、「おう、日本に宣戦布告じゃ!」と参戦を表明しました。しかし、実際に戦闘が行われた記録はゼロ。つまり「言っただけ」の宣戦布告だったのです。
- モンテネグロ公国はロシアとの友好関係から、日露戦争時に日本へ宣戦布告しました。
- しかし、実際には戦闘行為は一度も行われませんでした。
- 義勇兵を満州に派遣しましたが、戦うそぶりは一切なく、完全な「お付き合い参戦」だったようです。
従軍日記と報道挿絵が伝える庶民たちの日露戦争/勉誠社/西川武臣
102年越しの「うっかり」終戦
時は流れて2006年、モンテネグロが独立する際、「あれ?日本とまだ戦争中じゃね?」と気づきます。これを受けて日本政府も「え、マジ?公式に平和状態ですし、終了しましょう」と対応。こうして、102年にも及ぶ「なんとなく戦争」がついに終結しました。
- 2006年のモンテネグロ独立時に、戦争状態が継続していたことが発覚しました。
- 日本政府が独立承認と同時に平和状態を確認し、正式に終了しました。
- なぜ忘れられていたかというと、日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)に、ロシアがモンテネグロを招待しなかったためです。
NHKその時歴史が動いた コミック版 日露戦争編/ 日本放送協会
【まとめ】戦わなかった平和な戦争
100年以上も戦争状態だったのに、一度も戦わず、最後はあっさりと終了。なんとも平和すぎるエピソードですが、歴史にはこうした「うっかり」が潜んでいるものなんですね。
Q&A:よくある質問
Q. なぜ戦争が終わっていなかったのですか?
A. 日露戦争の講和会議(ポーツマス条約)にモンテネグロが呼ばれず、講和条約を結び損ねたため、国際法上は戦争状態が続いていることになっていました。
Q. モンテネグロは実際に日本と戦ったのですか?
A. いいえ、宣戦布告はしましたが、実際の戦闘記録はゼロです。義勇兵は派遣されましたが、戦闘には参加しない形だけの参戦でした。
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