戦に負けた武士、「落ち武者」。彼らを待ち受けていたのは、敵軍だけでなく、小遣い稼ぎを狙う農民たちによる過酷な「落ち武者狩り」でした。
この記事の目次
なぜあのような「落ち武者ヘア」になるのか?
落ち武者といえば、髪がバラバラに垂れ下がった特徴的なヘアスタイルを思い浮かべますが、あれには理由があります。戦国時代の侍は髷(まげ)を結っていましたが、そのままだと兜(かぶと)が安定しません。そこで、兜のてっぺんに穴を開け、解いた髪を通して背中に垂らし、根元を縛って固定していました。
- 戦に負けて逃げる際、重い兜は早々に捨ててしまいます。
- このとき、髪を縛っていた紐などが切れると、髪がバラバラに解けてしまいます。
- これが、あの有名な「落ち武者ヘア」が完成する仕組みです。
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農民にとっては「ボーナスステージ」だった!?
戦に敗れた落ち武者を待ち受ける運命は過酷です。敵軍の追撃はもちろんですが、それ以上に恐ろしいのが農民による「落ち武者狩り」でした。当時は「落ち武者は人間扱いしなくて良い」という掟のようなものがあり、殺して身ぐるみを剥いでも罪にはならなかったのです。
- 傷つき、単独で逃げる落ち武者は、当時の農民にとって格好の小遣い稼ぎのチャンス(ボーナスステージ)でした。
- 運良く人間に襲われなくても、人目を避けて空腹のまま険しい山道を逃げるしかなく、怪我や猛獣、疫病によって命を落とすことも少なくありませんでした。
- 中立地帯であるお寺に逃げ込んだり、お金を渡して農民に匿ってもらえたりするのは、宝くじに当たるほどの幸運なケースでした。
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【まとめ】逃げ延びるのは至難の業
落ち武者になってしまったが最後、敵軍、農民、そして過酷な自然環境と、あらゆるものが敵となります。生きて逃げ延びることができるのは、ほんの一握りの幸運な者だけだったのです。
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Q&A:よくある質問
Q. 落ち武者狩りは罪にならなかったのですか?
A. はい。当時は落ち武者を人間扱いしなくても良いという風潮があり、農民が殺害して金品を奪っても罪に問われないことが一般的でした。
Q. 落ち武者が助かる方法はありましたか?
A. 非常に稀ですが、中立地帯であるお寺に逃げ込むことができたり、十分なお金を持っていて農民を買収し匿ってもらえたりする場合などは、助かる可能性がありました。
武士のメシ 戦国時代、『食』はひとつの武器であった/宝島社/永山久夫
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