【動画解説】昔の日本人の1日ルーティン|朝3時起きで夜這い!?江戸時代のヤバい日常

30/11/2025


 

コメントできるようになりました 織田信長

 

にわとり(鶏) 新年 正月

 

 

現代では信じられないほどタフだった昔の日本人。朝はまだ暗いうちから起き出して「自宅警備」を行い、夜は夜で驚くほど活動的だったようです。

 

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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早起きは「警備」のため!過酷な朝の習慣

剣術を磨くため江戸にいた19歳の坂本龍馬

 

昔の日本人の朝は、なんと3時前から始まります。しかし、それは優雅な朝活ではありませんでした。戦国時代などは治安が悪く、夜の深い時間帯によその村から強盗などが来ることがあったため、武器を持って家の周囲を警戒する「自宅警備員」に変身する必要があったのです。

 

  • 起床は朝3時前で、まだ真っ暗な時間帯でした。
  • 治安が悪かったため、早起きして武器を持ち、家の周囲を警戒していました。
  • 太陽が昇る朝5時頃になって、ようやく朝ご飯の支度が始まります。

 

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はじめての戦国時代

 

 

重労働を支える食事と、日が暮れてからの「活動」

えのころ飯を食べる薩摩藩士

 

当時の人々は重労働だったため、朝から雑穀を5合も食べるほどの大食漢でしたが、おかずは漬物程度という質素な内容でした。食後は日が暮れるまでひたすら働き続け、仕事が終われば川で水浴びをして汚れを落とします。

 

  • 食事は質素ながら量は多く、朝から雑穀を5合も食べていました。
  • 日が暮れるとすぐに就寝かと思いきや、超健康的な生活で元気があり余っていたためか、未婚・既婚を問わず気に入った相手の家に行く(夜這い)などの活動も盛んだったようです。

 

ながら日本史

 

 

【まとめ】心身ともにタフすぎた昔の日本人

 

早朝からの警備任務に、日中の激しい肉体労働、そして夜のアグレッシブな活動。昔の日本人は、現代人には真似できないほど、いろいろな意味でタフでエネルギッシュな生活を送っていたのですね。

 

 

Q&A:よくある質問

画像利用について01 織田信長 はてな

 

 

Q. なぜ昔の人はそんなに早起きだったのですか?

乱取りシーン(戦国時代)モブ

 

A. 戦国時代などは治安が悪く、夜明け前の暗い時間に強盗などが襲ってくる危険があったため、武器を持って警戒する必要があったからです。

 

 

Q. 昔の人は何を食べて働いていたのですか?

日本史01 織田信長のポイント解説

 

A. 主に雑穀米を食べていました。肉体労働でエネルギーを使うため、朝から5合もの量を食べていましたが、おかずは漬物と味噌汁だけという質素なものでした。

 

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