【馬込文士村の散策ルート】大森駅から約7km!文豪たちの軌跡を歩く見どころ&体験レポ【OTAウォーキング】


 

コメントできるようになりました 織田信長

 

散歩に出かけるおとぼけ様

 

「次の週末、どこか面白いお出かけスポットはないかな?」

「ただの街歩きじゃなくて、ちょっと知的な歴史ロマンを感じられる場所に行きたい!」

 

大森駅西口前にある馬込文士村の住人のレリーフ

大森駅西口前にある馬込文士村の住人のレリーフ

 

そんな歴史ファン・文学好きのあなたに、今もっともおすすめしたい散策ルートがあります。それが、東京都大田区にある「馬込文士村(まごめぶんしむら)」です。大正から昭和初期にかけて、教科書で誰もが一度は目にしたことのある大文豪たちがこぞって移り住み、互いの家を行き来しながら濃い人間模様を繰り広げた伝説のエリア。

 

第19回 OTAウォーキングに参加した「おとぼけ」

第19回 OTAウォーキングに参加した「おとぼけ」

 

今回は、令和8年5月24日(日)に開催された大田区制80周年記念事業「第19回 OTAウォーキング」に、私、歴史メディア「ほのぼの日本史」主宰の「おとぼけ」が自らフル参戦してきました!この記事では、イベントの熱気溢れるレポートはもちろん、

 

馬込文士村散策のみち

大森駅西口前の馬込文士村の散策のみち

 

 

・馬込文士村の見逃せない歴史スポット&文豪エピソード

・実際に歩いて体感した「階段・坂道」のリアルなキツさ

・長距離散策を笑顔で乗り切るための神アイテム

・歩いた後に絶対立ち寄りたい大森駅周辺のご褒美グルメ

 

まで、次回のあなたの散策にそのまま役立つ情報を網羅して徹底解説します。リアルな体験記としてお届けしますので、ぜひ最後までお楽しみください!

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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この記事の目次

馬込文士村(まごめぶんしむら)とは?大正・昭和の文豪が集まった歴史的背景

詩人グループ 萩原朔太郎・室生犀星・三好達治等

詩人グループ 萩原朔太郎・室生犀星・三好達治等

 

そもそも「馬込文士村」とは、特定の村の名前ではなく、大正末期から昭和初期にかけて現在の南馬込、中央、山王あたりに、多くの文豪、歌人、芸術家が奇跡的に集まったことからそう呼ばれるようになりました。

 

その顔ぶれは超豪華!

 

・ノーベル賞作家の川端康成

・『人生劇場』で一世を風靡した尾崎士郎

・破天荒な生き方と美貌で知られる宇野千代

・人情味あふれる名作を遺した山本周五郎

 

など、そうそうたるメンバーです。

 

 

なぜ馬込の地に文豪や芸術家が集まったのか?

日本史01 織田信長のポイント解説

 

なぜこの地だったのかというと、当時はまだのどかな農村風景が広がり、家賃や土地が安かったこと、そして東京の中心地へのアクセスも悪くなかったことが挙げられます。そして何より、「ほのぼの日本史」的に面白いのが彼らの「ご近所付き合い」。

 

尾崎四郎と宇野千代夫妻

尾崎四郎と宇野千代夫妻

 

 

例えば、尾崎士郎と宇野千代は一時期ここで同棲生活を送っていました。

 

昭和初期の文士とダンス

昭和初期の文士とダンス

 

川端康成が夜中にふらっと尾崎の家に遊びに行ったり、文豪たちが集まっては徹夜で麻雀やダンスパーティーに興じたり……。教科書の気取った肖像画からは想像もつかないような、人間臭くてエピソードの効いたドタバタ劇が、このエリアのあちこちで繰り広げられていたのです。

 

 

今回の散策ルートの概要(大森グリーンベルト〜大田区立郷土博物館)

第19回OTAウォーキングのスタート地(大森グリーンベルト)

第19回OTAウォーキングのスタート地(大森グリーンベルト)

 

今回挑戦したのは、JR大森駅の東口から徒歩約5分にある「大森グリーンベルト(大森北一丁目33番地先)」をスタートし、折り返し地点である「大田区立郷土博物館」を目指して再び戻ってくる往復約7kmの王道コースです。

 

 

 

馬込文士村の主要な記念館や解説板をぐるっと効率よく網羅できる、まさに歴史散策のベストルートとなっています。

 

【体験レポ】大森グリーンベルトから「OTAウォーキング」スタート!

第19回OTAウォーキングのスタート地での受付(大森グリーンベルト)

第19回OTAウォーキングのスタート地での受付(大森グリーンベルト)

 

イベント当日。受付開始の午前8時45分に合わせてスタート地点の「大森グリーンベルト」へ向かうと、そこにはすでに歩く気満々の参加者たちで長蛇の列が!

 

第19回OTAウォーキングの参加受付待ちのおとぼけ

第19回OTAウォーキングの参加受付待ちのおとぼけ

 

それもそのはず、今回のイベントは参加費無料かつ事前申込不要。さらに先着600名限定で完歩証や飲み物がもらえるとあって、会場は朝からものすごい熱気に包まれていました。

 

 

受付の様子と「先着600名」の熱気

 

ちなみにこの「OTAウォーキング」は長年開催されている定番イベント。設定されているウォーキングコースは幅広い年齢層でも歩けるようにしっかり整備されているので、イベント時だけでなく、普段の週末に今回私が歩くコースをそのままなぞって散策してみるのも非常におすすめですよ!

 

当日の参加層も、ベテランのウォーキング愛好家から、歴史好きの若い方、ご家族連れまで実に様々でした。

 

「歴史散策をしたいけれど、荷物が多くて……」という遠方からお越しの方もご安心を。スタート地点の最寄りであるJR大森駅にはコインロッカーが充実しています。大森山王や馬込付近は非常に坂が多いエリアなので、身軽な「手ぶらスタイル」で挑むのが、この先の過酷なルートを攻略する最大のコツになります。

 

第19回OTAウォーキング(出発するおとぼけ)

第19回OTAウォーキング(出発するおとぼけ)

 

準備運動をして、いざ出発!受付を済ませ、配布された本日のウォーキングコースのパンフレットと冷たい飲み物をしっかりとゲット。……と、ここで白状します。私おとぼけ、実は前日までがっつり深酒をしておりまして、当日の朝は見事な二日酔い。朝ご飯を食べる余裕すらありませんでした(笑)。しかし、会場の皆さんと一緒にしっかりと準備運動を行ううちに少しずつ目が覚め、午前9時に順次スタート!

 

第19回OTAウォーキング中のおとぼけ

第19回OTAウォーキング中のおとぼけ

 

「よし、二日酔いに負けず、文豪たちの足跡を辿るぞ!」と気合を入れ、新緑が美しい大森の街並みへ一歩を踏み出しました。

 

限定の参加証!文豪仕様の「はねぴょんバンダナ」を相棒にいざ出発

大田区の公式マスコットキャラクター「はねぴょん 文豪ver」

大田区の公式マスコットキャラクター「はねぴょん 文豪ver」

 

ここで、受付でいただいた今回の参加証をご紹介。なんと、大田区の公式マスコットキャラクター「はねぴょん」がデザインされたオリジナルのバンダナです!よく見ると、はねぴょんが文豪を模したキャラクター仕様(ペンを持ち小説を書いている先生風なはねぴょん)になっていて、歴史ファンやはねぴょんファンにはたまらない可愛さ。

 

参加証明証「はねぴょん 文豪ver」を受け取るおとぼけ

参加証明証「はねぴょん 文豪ver」を受け取るおとぼけ

 

スタッフさんからは「ウォーキング中はバンダナを手首やバッグ等に付けてお歩きください」とのことでしたので、私おとぼけは、リュックの目立つ場所にこの可愛いキャラクターが見えるようにしっかりセット!

 

特製バンダナをバッグに巻き付けるおとぼけ

特製バンダナをバッグに巻き付けるおとぼけ

 

この特製バンダナを心強い相棒にして、いよいよ最初の文豪たちのスポットを目指して本格的に歩き出します!

 

【大森駅西口へ移動】巨大レリーフと天祖神社がお出迎え

馬込文士村の住人のレリーフ

馬込文士村の住人のレリーフ

 

大森グリーンベルトを出発し、JR線の線路を越えて大森駅の西口側へと回り込むと、早速「馬込文士村 散策のみち」と書かれた大きな看板が目に飛び込んできます。

 

そこには、これから出会う文豪や芸術家たちの顔がずらりと並んだ、圧倒的なスケールの巨大レリーフが!「いよいよ文士村の世界に入るんだな」と、二日酔いの頭も一気にシャキッと引き締まるほどのインパクトです。散策前にここで文豪たちの顔を予習しておくと、この後の街歩きが何倍も楽しくなりますよ。

 

 

「ほのぼの日本史」的・馬込の女性文豪レリーフのプチ雑学

ルートの道中、石壁に埋め込まれた非常に興味深いリーフも発見しました!そこに刻まれているのは、「馬込文士村時代、それは女性活躍の時代でもあった。」という深い言葉。

 

モダンガールの間で断髪が流行

モダンガールの間で断髪が流行

 

ここに描かれているのは、大正から昭和にかけてこのエリアで互いに切磋琢磨し、日本の文学界をリードした名だたる女性たちです。左から順番に、

 

片山広子(かたやま ひろこ): 芥川龍之介の晩年の恋人としても知られる歌人・翻訳家。

宇野千代(うの ちよ): 先ほども登場した、波乱万丈な人生を歩んだ美貌の小説家。

村岡花子(むらおか はなこ): 『赤毛のアン』の翻訳でおなじみの翻訳家・児童文学者。

吉屋信子(よしや のぶこ): 大正・昭和期に少女小説で一世を風靡したカリスマ作家。

佐多稲子(さた いねこ): 働く女性のリアルを描き続けたプロレタリア文学の旗手。

 

お茶を囲んで楽しそうに談笑している姿がとても微笑ましいですよね。

 

 

ここで個人的にツボだったのが、中央に描かれている村岡花子さん。村岡花子さんといえば、NHKの朝ドラ『花子とアン』のモデルになったことでも有名で、世間的にはどこか「若き日のハツラツとした女性」というイメージが強いのではないでしょうか。ところが、こちらのレリーフをじっくり見てみると、髪をきっちり結い上げた、ずいぶんとお上品な「おばあちゃん」の姿で描かれているんです(笑)。

 

でも実はこれ、彼女たちが馬込で出会った大正〜昭和初期当時の姿というよりも、激動の時代を共に生き抜き、のちに日本の文学界で大きな功績を遺した「偉大なる大先生」としての円熟味あふれる姿を描いているのかもしれませんね。教科書の中の遠い存在だった彼女たちが、この馬込の地で確かにお茶を切り、笑い合っていたのだと感じさせてくれる、とても素敵なスポットでした!

 

馬込文士村のレリーフのある坂道に接する八景天祖神社

馬込文士村のレリーフのある坂道に接する八景天祖神社

 

そして、その巨大レリーフの真上を見上げると、堂々と鎮座しているのが「八景・天祖神社(はっけいてんそじんじゃ)」です。

 

 

 

急な石階段が歴史を感じさせるこの神社は、かつて浮世絵(歌川広重の不二三十六景)にも描かれたほど、古くから眺望の名所として知られた由緒ある場所。これから始まる約7kmの旅路の安全を祈願しつつ、神社の厳かな空気を感じてから、いよいよ本格的な文豪ルートへと足を勧めました。

 

 

「ほのぼの日本史」的・天祖神社のプチ雑学

 

ここで散策がちょっと面白くなる歴史雑学をひとつ。この神社がなぜ「八景」と呼ばれるかというと、かつてこのあたり一帯が「八景坂(はっけいざか)」と呼ばれていたことに由来します。

 

江戸時代、この神社の境内からは、なんと東京湾(品川の海)が見渡せるほど抜群の眺望を誇っていました。その美しさは、あの有名な浮世絵師・歌川広重が『不二三十六景』や『名所江戸百景』の中で「大森八景坂」として描いたほど!当時は富士山や、海を行き交う帆船、そして名物の「大森海苔」を干す風景が一望できる、江戸っ子たちに大人気の超メジャーな絶景観光地だったのです。

 

現在はビルに囲まれて当時の海は見えませんが、かつて巨匠たちが筆を執ったのと同じ高台に立っていると思うと、歴史ロマンがふつふつと湧いてきますよね。これから始まる約7kmの旅路の安全をしっかり祈願し、神社の厳かなパワーをチャージして、いよいよ本格的な文豪ルートへと足を勧めました。

 

 

ここが見どころ!ルート上の歴史スポットと文豪たちの足跡

山王花清水公園付近にある弁天池児童遊園

弁天池児童遊園

 

大森駅や天祖神社を抜けて池上通りを渡ると、いよいよ文豪たちの気配が濃くなってきます。弁天池を進んでいくと、まず最初に現れるのが、評論家・ジャーナリストとして活躍した「室伏高信(むろふしたかのぶ)」のレリーフ解説板です。大正から昭和の激動の時代を鋭い視点で見つめた彼の足跡が、静かに街に溶け込んでいます。

 

序盤のハイライト:室伏高信と石坂洋次郎・川端康成のレリーフ

石坂洋次郎(いしざかようじろう)」の解説板

石坂洋次郎(いしざかようじろう)」の解説板

 

そこからさらに進むと、今度は『青い山脈』などで知られる小説家「石坂洋次郎(いしざかようじろう)」のレリーフ解説板が登場します。

 

 

昭和の青春小説の巨匠も、この馬込の地でペンを握り、瑞々しい物語を紡いでいたのですね。このように、歩くたびに次々と偉人たちの名前が飛び出してくるのが、このルートのたまらない魅力です。

 

川端康成(かわばたやすなり)」の解説板

川端康成(かわばたやすなり)」の解説板

 

そして、現地を訪れてみて驚いたのが、なんとその石坂洋次郎の解説板のすぐ真横に、日本初のノーベル文学賞作家である「川端康成(かわばたやすなり)」の解説板がぴったり隣同士で並んで設置されているんです!

 

他のOTAウォーキングの参加者も解説板を読んでいるシーン

他のOTAウォーキングの参加者も解説板を読んでいるシーン

 

当日は、私だけでなく他のOTAウォーキングの参加者の皆さんも足を止め、解説板に書かれた歴史にじっくりと見入っていました。

 

他のOTAウォーキングの参加者も解説板を読んでいるシーン

他のOTAウォーキングの参加者も解説板を読んでいるシーン

 

こうした現地ならではの発見や、同じ歴史好きの仲間たちと静かに感動を共有できるのも、街歩きイベントの醍醐味ですね。

 

「ほのぼの日本史」的・川端康成のプチ雑学

 

ここで、お隣同士の二人にまつわる、ちょっと面白い歴史雑学をひとつ。川端康成といえば『雪国』や『伊豆の踊子』などのストイックで美しい文学のイメージが強いですが、実はここ馬込文士村においては、「若き文豪たちの中心的なリーダー(まとめ役)」のような存在でした。非常に面倒見が良く、この地にやってきた他の作家たちの世話を焼いたり、文豪仲間を集めては熱狂的に麻雀やダンスに興じたりと、かなりアクティブに活動していたんです。

 

 

 

そんな川端康成ですが、実は真横に並んでいる石坂洋次郎の才能をいち早く見抜き、文壇にデビューさせた(推薦した)恩人でもあります!石坂の代表作『若い人』を川端が激賞したことで、石坂洋次郎は一躍スターダムにのし上がりました。

 

石坂洋次郎と川端康成のレリーフの撮影をしているおとぼけ

石坂洋次郎と川端康成のレリーフの撮影をしているおとぼけ

 

現在の街歩きルートで二人の解説板が仲良く隣同士に並んでいるのは、当時のこうした「深い師弟関係・信頼関係」を知っていると、なんだか情緒的なエピソードが効いて見えてきますよね。歩くたびに次々と偉人たちの生きたドラマが飛び出してくるのが、このルートのたまらない魅力です。

 

モダニズムの風!稲垣足穂と衣巻省三の「お隣同士」な解説板

 

石坂・川端の豪華な並びを堪能し、折り返し地点の博物館へ向かってさらに歩みを進めると、またしても歴史ファンがニヤリとしてしまう素晴らしい光景に出会いました。

 

稲垣足穂と衣巻省三の解説板

稲垣足穂と衣巻省三の解説板

 

なんと、大正・昭和初期に独自のモダンな世界観を築いた作家「稲垣足穂(いながきたるほ)」と、詩人・小説家の「衣巻省三(きぬまきせいぞう)」の解説板が、こちらもぴったり隣同士に並んで設置されていたのです!

 

衣巻省三の解説板

衣巻省三の解説板

 

先ほどの師弟コンビ(川端・石坂)とはまた一味違う、大正モダニズムの薫りが漂う二人の解説板。並んだ文字を見つめていると、当時の馬込に流れていた最先端の芸術の空気が、現代の静かな住宅街にふわっと蘇ってくるような不思議な感覚を覚えます。

 

「ほのぼの日本史」的・稲垣足穂と衣巻省三のプチ雑学

稲垣足穂の解説板

稲垣足穂の解説板

 

ここで、このモダンな二人にまつわる、散策がさらにディープになる歴史雑学をひとつ。

 

 

 

稲垣足穂といえば、『一千一秒物語』などで知られる、天体や飛行機、少年愛などをモチーフにした幻想的でハイセンスな宇宙的文学(タルホ文学)の唯一無二の天才です。

 

そんな彼がここ馬込にやってきたのは、実は真横に並んでいる親友・衣巻省三の存在があったからでした。もともと関西の芸術仲間だった二人ですが、衣巻が先に馬込(現在の南馬込)に居を構えると、その新居に稲垣足穂が文字通り「転がり込む」形で同居生活が始まります。

 

衣巻の家は、当時の最先端カルチャーだった「テニスコート」が敷地内にあるハイカラな洋館で、通称「馬込テニスコート」と呼ばれ、文豪たちの格好の社交場(たまり場)になっていました。足穂はここで、大好きな天体観測をしたり、夜な夜な集まる川端康成や尾崎士郎、宇野千代たちと芸術論をぶつけ合ったり、麻雀に熱中したりしていたのです。

 

のちに足穂は、この衣巻の家でのドタバタで華やかな居候(いそうろう)生活をベースにして、名作短編『馬込文学地図』を書き上げています。一見、物静かに並ぶ二つの解説板ですが、その背景には「一つの洋館に集まって未来の文学を語り明かした、若き芸術家たちの熱い友情と青春」がぎゅっと詰まっているんですね。そんなモダニズムのロマンに胸をときめかせながら、私はついに前半戦の目的地である大田区立郷土博物館の建物へとたどり着きました。

 

 

愛と文学が火花を散らした聖地!尾崎士郎と宇野千代の「お隣同士」な解説板

尾崎士郎の解説板

尾崎士郎の解説板

 

稲垣・衣巻のモダンな並びに興奮したのも束の間、折り返し地点の博物館のすぐ手前で、今回の散策ルートのなかでも最も「濃い人間模様」を感じさせる、とんでもないスポットに遭遇しました。なんと、馬込文士村の伝説的なカップルである「尾崎士郎(おざき しろう)」と「宇野千代(うの ちよ)」の解説板が、こちらもぴったり隣同士に並んで設置されていたのです!

 

宇野千代の解説板

宇野千代の解説板

 

大正・昭和の文学界を揺るがした、あの歴史的ビッグカップルの解説板が並んでこちらを向いている……。その圧倒的な存在感に、二日酔いの疲れも吹き飛ぶような衝撃とロマンを感じて、思わず足を止めて案内文を隅々まで熟読してしまいました。

 

「ほのぼの日本史」的・尾崎と宇野千代のプチ雑学

 

ここで、この二人の並びが何倍もドラマチックに見えてくる、文士村最大のドタバタ愛憎劇の雑学をご紹介します。

 

 

 

尾崎士郎といえば、のちに不朽の名作『人生劇場』を書き上げる熱血無頼派の作家。そして宇野千代といえば、類稀なる美貌と才能を持ち、のちに最高齢の現役作家として大活躍する、恋にまっすぐな自由人です。

 

大正15年(1926年)、二人はここ馬込の地で出会い、電撃的に同棲生活(のちに結婚)をスタートさせました。当時の二人の家は貧しく、なんと「たった一枚の布団」を二人で分け合って寝るような極貧生活だったそう。しかし、お互いの文学の才能を認め合い、川端康成ら仲間たちと毎晩のようにどんちゃん騒ぎを繰り広げたこの馬込での日々こそが、彼らの青春の黄金期でした。

 

しかし、才能溢れる天才同士の結婚生活は、長くは続きません。宇野千代が別の芸術家に恋をして家を飛び出すなど、激しい情熱の果てに、わずか数年で二人の関係は破局を迎えてしまいます。

 

 

 

のちに宇野千代は、この馬込での尾崎との激しい愛の日々をベースに、出世作となる『色ざんげ』を執筆。対する尾崎士郎も、別れた宇野千代への未練や葛藤を抱えながら、のちの大ヒット作へのエネルギーを蓄えていきました。

 

お互いを激しく愛し、傷つけ合い、しかしそれを最高の文学へと昇華させていった二人。現在の街歩きルートで、二人の解説板が何事もなかったかのように仲良く隣同士に並んでいるのを見ると、「色々あったけれど、やっぱりこの二人は切っても切り離せない、最高のソウルメイトだったんだな」と、なんだか胸が熱くなりますよね。激しい愛と文学のドラマを肌で感じたところで、私はついに、彼らの貴重な資料が眠る前半戦のゴール「大田区立郷土博物館」へとたどり着いたのでした。

 

 

③ 折り返し地点:大田区立郷土博物館で地域の歴史に浸る

大田区立郷土博物館に向かうおとぼけ

大田区立郷土博物館に向かうおとぼけ

 

コースの中間地点にして、今回の折り返しスポットとなるのが「大田区立郷土博物館」です。

 

大田区立郷土博物館前で間食しているおとぼけ

大田区立郷土博物館前で間食しているおとぼけ

 

ここまで約3.5km。朝から何も食べていない二日酔いボディの私おとぼけは、ぶっちゃけこの時点でエネルギー切れ寸前、限界を迎えておりました(笑)。

 

大田区立郷土博物館前で間食しているおとぼけ

大田区立郷土博物館前で間食しているおとぼけ

 

そこで、博物館の外にあるありがたいベンチをお借りして、持参した「かつサンド」をパクり!肉の旨味とソースの酸味が五臓六腑に染み渡り、後半戦を戦い抜くためのエネルギーがみるみるチャージされていくのを感じました。長距離街歩きでの、こういう「外で食べるちょっとしたグルメ」って、どうしてこんなに美味しいんでしょうね。

 

大田区立郷土博物館前(〒143-0025 東京都大田区南馬込5丁目11−13)

大田区立郷土博物館前(〒143-0025 東京都大田区南馬込5丁目11−13)

 

しっかりと腹ごしらえを済ませたら、いよいよ涼しい館内へ突入です!館内には馬込文士村に関する貴重な資料や文豪たちの直筆原稿、大田区の歴史に関する展示がギッシリ詰まっており、見応え抜群です。

 

🔗 外部リンク: 大田区立郷土博物館(東京都大田区)

 

 

旅の記念に!受付でもらえる「4つの来館記念スタンプ」に挑戦

大田区立郷土博物館 来館記念スタンプ(令和8年5月24日)

大田区立郷土博物館 来館記念スタンプ(令和8年5月24日)

 

館内に入るとすぐ、受付で「来館記念スタンプ」が押せる専用の台紙をいただくことができます。館内にはスタンプ台が設置されており、自分でインクをつけてポン!と押す体験が楽しめます。これがただのスタンプと侮るなかれ、大田区の歴史的カルチャーを網羅した4つのハイクオリティなスタンプが用意されているんです!

 

宝萊山古墳(ほうらいざんこふん): 大田区にある田園調布古墳群を代表する前方後円墳。

馬込文士村: まさに今回の旅の主役!原稿用紙をモチーフにした文豪の街らしい粋なデザイン。

羽田の風景: 空港だけじゃない、かつての漁師町としての海の情熱を感じる風景。

大森麦わら細工: 江戸時代、大森の名物土産として東海道を行き交う旅人に大人気だった伝統工芸(カエルが可愛い!)。

 

すべて押し終えると、日付も入れられる立派な来館記念シートが完成!散策の素晴らしい思い出の品になるので、皆さんも来館した際は絶対に受付で用紙をもらって挑戦してみてくださいね。

 

【読者の皆様へお詫び】

上の画像を見て「あれ、ちょっと薄くない?」と思った方、大正解です(笑)。当日は朝からの二日酔いと、ここまでの激しい坂道&階段による疲労で、おとぼけの手が完全にぷるぷると震えておりまして……。魂を込めて全力で押したのですが、うまく力が入らず少々薄くて見づらい仕上がりになってしまいました。見苦しくてすみません!これもまた、リアルな旅の勲章ということで温かい目で見ていただけますと幸いです。

 

散策の素晴らしい思い出の品になるので、皆さんはぜひ、体力が万全な状態で(笑)、受付で用紙をもらって挑戦してみてくださいね。館内には馬込文士村に関する貴重な資料や文豪たちの直筆原稿、大田区の歴史に関する展示がギッシリ詰まっており、スタンプを楽しみながら巡ることで見応えも倍増します。

 

 

【現地限定】「大田区立郷土博物館 友の会」特製の散歩コース資料が凄すぎる!

大田区立郷土博物館 友の会が作成した資料を受け取っているおとぼけ

大田区立郷土博物館 友の会が作成した資料を受け取っているおとぼけ

 

博物館の館内では、さらに歴史を深掘りできる素晴らしいお宝(資料)をゲットしました。それが、「大田区立郷土博物館 友の会」が作成された特製の散歩コース資料です!

 

大田区立郷土博物館 友の会 作成「馬込・山王コース」資料より引用(撮影:ほのぼの日本史)

大田区立郷土博物館 友の会 作成「馬込・山王コース」資料より引用(撮影:ほのぼの日本史)

 

これが無料でもらえていいのかと驚くほどクオリティが凄まじく、現地をこよなく愛する友の会の皆様の手によって、文豪たちの旧居跡や記念館、ゆかりのスポットが非常に分かりやすい手書き風のマップにまとめられています。

 

大田区立郷土博物館 友の会 作成「馬込・山王コース」資料より引用(撮影:ほのぼの日本史)

大田区立郷土博物館 友の会 作成「馬込・山王コース」資料より引用(撮影:ほのぼの日本史)

 

資料には各駅からの出発からゴールまでが丁寧に記されており、散策スポットの見どころを回る順番はもちろん、距離や所要時間までもが各ルートごとにきめ細かく記載されている優れもの!今回のOTAウォーキングのルートを歩くだけでも楽しいですが、この友の会特製の資料を片手に持つことで、「あ、ここの路地を曲がるとあの文豪の家があったんだ!」「この二人は本当に目と鼻の先に住んでいたんだな」と、街の解像度が何倍にも跳ね上がります。

 

🔗 外部リンク:大田区立 郷土博物館 友の会

 

大田区立郷土博物館(〒143-0025 東京都大田区南馬込5丁目11−13)

大田区立郷土博物館(〒143-0025 東京都大田区南馬込5丁目11−13)

 

博物館に立ち寄った際は、展示を見るだけでなく、この友の会作成の資料をぜひ手に入れてみてください。これからの後半戦の街歩きはもちろん、自宅に帰ってから眺めるだけでも最高の歴史エンターテインメントになりますよ!そして機会があれば、今度はぜひこちらの資料をベースにして、それぞれの駅を起点とした様々な歴史散策ルートをじっくり楽しんでみるのも面白そうですね。

 

 

歴史ファン必見!「昭和の広重」川瀬巴水の限定フォトスポットと豆知識

川瀬巴水の限定フォトスポット

川瀬巴水の限定フォトスポット

 

そして今回の大きなサプライズが、館内に用意されていた特設フォトスポット!なんと、大田区(南馬込)に住み、世界のアップル社創業者であるスティーブ・ジョブズも熱狂的にコレクターとして愛したことで知られる、近代版画の巨匠「川瀬巴水(かわせはすい)」の美しい作品を背景に写真撮影ができる仕様になっていたのです。

 

川瀬巴水の限定フォトスポット前で撮影するおとぼけ

川瀬巴水のフォトスポットで撮影するおとぼけ

 

私も大興奮で、巴水の素晴らしい2つの名作をバックに記念撮影を行ってきました!

 

 

西伊豆 木負(にしいず きしょう)の豆知識

 

今回背景になった作品には、それぞれ深い見どころがあります。

 

 

『西伊豆 木負(にしいず きしょう)巴水が得意とした、日本の美しい「水」と「自然」の表現が極まった名作です。静かな海原と、その向こうにそびえる富士山のコントラストが美しく、旅情をこれでもかと掻き立てられます。

 

 

『馬込の月(「東京二十景」より)』

 

今回の散策の舞台である、まさにここ「馬込」の地を描いた、文士村エリアの聖地とも言える作品です。伝統的な日本の三本松と、夜空に浮かぶ美しい月、そしてどこか哀愁を帯びた夜の風景が描かれており、当時の文豪たちもきっと見上げていたであろう馬込の情緒ある夜が、鮮やかに表現されています。館内は涼しく、きれいなお手洗いもあるため、歴史を深掘りしながら心も体もリフレッシュできる最高のオアシスでした。

 

② すべての始まりの地:蘇峰公園(そほうこうえん)と謎の古井戸

環状7号線の歩道橋を渡るおとぼけ

環状7号線の歩道橋を渡るおとぼけ

 

大田区立郷土博物館を後にし、環状7号線を渡っていよいよ文士村の核心部へ。

 

蘇峰公園の入口

蘇峰公園の入口

 

尾崎士郎記念館のすぐ手前で見えてくるのが、緑豊かな「蘇峰公園」です。

 

蘇峰公園

蘇峰公園

 

一見すると静かで綺麗な区立公園ですが、ここは明治・大正・昭和の言論界の巨人であり、日本初の総合雑誌『国民之友』を創刊したジャーナリスト・歴史家の徳富蘇峰(とくとみそほう)の旧居跡(山王草堂)の一部を整備した、ものすごい歴史を持つ場所なんです。

 

 

「ほのぼの日本史」的・蘇峰公園と井戸のプチ雑学

蘇峰公園の入口

蘇峰公園の入口

 

ここで、皆さんの散策が何倍も深くなる歴史雑学スポットをご紹介します。そもそも、なぜ馬込や山王の地に文豪たちが集まったのか?

 

 

そのブームの火付け役となり、「この地を最初に見つけ、開拓した第一人者」こそが、この公園の主である徳富蘇峰だったのです。明治40年(1907年)、蘇峰がこの高台からの景色と静けさを気に入って居を構えたことで、彼の知名度や影響力に惹かれるように、多くの文豪や芸術家たちが次々とこのエリアに移り住むようになりました。つまり、ここがなければ「馬込文士村」自体が誕生していなかったかもしれない、まさに聖地中の聖地なんですね。そして、園内を歩いていると見つかるのが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している「古井戸」。

 

蘇峰公園内の井戸水

蘇峰公園内の井戸水

 

実は、馬込・山王エリアを歩いていると、あちこちで古い井戸や湧き水(池)の跡に出会います。かつてはのどかな農村だったこの地域は高低差が激しく、地下水が豊富に湧き出る土地でした。水道が通っていない時代に移り住んだ文豪たちにとって、こうした井戸は命を繋ぐ大切な生活インフラ。

 

蘇峰公園内の井戸水

蘇峰公園内の井戸水

 

尾崎士郎や宇野千代たちも、もしかしたらこの周辺の井戸水を使い、川端康成と夜通し語り合った翌朝に顔を洗っていたのかも……なんて想像が膨らみます。二日酔いで喉がカラカラだった私おとぼけも、井戸から溢れる歴史のロマン(と冷たい水への憧れ)で、胸がいっぱいになりました(笑)。

 

蘇峰公園内から尾﨑士郎記念館に向かう

蘇峰公園内から尾﨑士郎記念館に向かう

 

文豪たちの歴史を肌で感じたところで、いよいよ目と鼻の先にある尾崎士郎記念館へと向かいます。

 

🔗 外部リンク:蘇峰公園 / ⼀般社団法⼈ 大田観光協会

 

 

尾崎士郎の魂が宿る場所!「尾崎士郎記念館」の書斎とこだわり

大田区立「尾崎士郎記念館」

大田区立「尾崎士郎記念館」

 

瑞々しい余韻に浸りながら、さらにルートを進めて閑静な住宅街へと入っていきます。ここからが馬込文士村の、まさに核心部。次に見えてくる大きなハイライトが、今回の旅の主役の一人でもある「大田区立尾崎士郎記念館」です。

 

大田区立「尾崎士郎記念館」

大田区立「尾崎士郎記念館」

 

ここは、尾崎士郎が昭和29年(1954年)から亡くなるまでの晩年を過ごした邸宅を、当時の趣のままに保存・再現している素晴らしい施設です。

 

尾崎士郎記念館にて書斎を見学しているおとぼけ

尾崎士郎記念館にて書斎を見学しているおとぼけ

 

何と言っても最大の見どころは、庭側からガラス越しに間近で見学することができる「書斎(執筆室)」!

 

尾崎士郎の名作『人生劇場』

尾崎士郎の名作『人生劇場』

 

使い込まれた机や原稿用紙、壁一面を埋め尽くす膨大な蔵書が当時のまま生々しく遺されており、「ここで、あの男たちの熱い生き様を描いた名作『人生劇場』が紡がれていたのか……」と思うと、歴史ファンならずとも胸が熱くなり、思わずガラスに張り付くようにして熟読・見学してしまいました。

 

 

 

「ほのぼの日本史」的・尾崎士郎記念館のプチ雑学

 

ここで、この記念館が何倍も愛おしくなる、彼の「書斎のこだわり」に関する雑学をひとつ。

 

鉄砲の稽古をしたケヤキの木(尾﨑士郎記念館)

鉄砲の稽古をしたケヤキの木(尾﨑士郎記念館)

 

尾崎士郎といえば、相撲や将棋を愛し、お酒が入るとすぐに大暴れする(笑)ような豪快な無頼派のイメージがありますよね。ところが、この遺された書斎をよーく見てみると、非常に几帳面で静かなこだわりが隠されているんです。

 

実は、尾崎士郎は「自分の書斎に、他人が一歩でも入ることを極端に嫌った」といいます。どれだけ親しい編集者や文豪仲間であっても、執筆中の書斎に足を踏み入れることは絶対に許しませんでした。なぜなら、彼にとって原稿に向かう時間は、命を削るような真剣勝負の場だったから。しかし、そんな孤高の書斎にあって、たった一人だけ、自由に出入りすることを許された人物がいました。それが、彼の愛娘(長女)の一枝さんです。

 

尾崎士郎の略年譜

尾崎士郎の略年譜

 

尾崎は一枝さんが書斎にトコトコと入ってきて、机の周りで遊んだり、原稿用紙に落書きをしたりしても、決して怒ることはなく、むしろ嬉しそうに目を細めていたのだそう。豪快で不器用な男が、一番神聖な仕事部屋で見せた「父親としての優しい素顔」。このエピソードを知ってからもう一度書斎の机を眺めると、どこか温かい空気感が漂っているように見えてくるから不思議です。庭園には、彼が好んだツツジや桜などの植物も植えられており、文豪が愛した四季折々の風情を五感で楽しめる、散策のなかでも指折りの極上スポットでした。

 

🔗 外部リンク:尾﨑士郎記念館 / 公益財団法人大田区文化振興協会

 

【リアルな感想】階段と坂道は本当にキツい?実際に歩いてわかった注意点

公益財団法人大田区スポーツ協会引用「第19回OTAウォーキング」

公益財団法人大田区スポーツ協会引用「第19回OTAウォーキング」

 

イベント(OTAウォーキング)のパンフレットにわざわざ「コースの都合上、階段や坂道が多くなります」と注意書きがあったのですが……これ、本当にガチでした(笑)。

 

右近坂(〒143-0025 東京都大田区南馬込3丁目28−4)

右近坂(〒143-0025 東京都大田区南馬込3丁目28−4)

 

行きは「右近坂(うこんざか)」を筆頭に、様々な坂道を歩きました。実は右近坂は、江戸末期から存在するといわれる歴史ある坂道です。テレビ朝日の人気深夜番組『全力坂』の舞台にもなった、傾斜約6度(勾配約10%)の走りごたえのある坂としても知られています。

 

暗闇坂(闇坂)を降るおとぼけ

暗闇坂(闇坂)を降るおとぼけ

 

帰路は暗闇坂(闇坂)を降りました。ちなみに、この道は馬込文士たちが往来した道です。坂を上りきったあたりが「木原山」と呼ばれていたようですよ。このように馬込エリアは非常に坂道が多いという印象でした。

 

 

「階段や坂道が多い」の案内は本当だった!高低差レポート

JR大森駅西口から池上通りを渡ると天祖神社があり、階段を登るおとぼけ

JR大森駅西口から池上通りを渡ると天祖神社があり、階段を登るおとぼけ

 

馬込エリアは非常に起伏が激しく、歴史スポットを巡るたびに急な坂道を登ったり、そびえ立つような階段を下りたり。往復7kmという距離以上に、この高低差がじわじわと足腰に効いてきます。朝食抜きの二日酔いボディにはなかなかの試練でした。

 

 

しかし、そんな過酷なアップダウンの道中、私の心を何度も救ってくれたのが、ふとした拍子に出会う満開のお花たちでした。

 

 

「うわ、きつい……」と下を向きそうになったとき、ふと目に入る鮮やかな花びらが「がんばれ!」と応援してくれているかのよう。激しい高低差と、美しい花々のコントラスト。これこそが、大正の文豪たちも歩き、愛した馬込のリアルな街の表情なのかもしれません。観光地感覚ではなく「軽めのハイキング」に行くくらいの気持ちで挑むのが正解ですが、この美しい景色があるからこそ、何度でも挑戦したくなる魅力があります。

 

 

長距離散策を「笑顔」で乗り切るための必須・便利アイテム

環状7号線の歩道橋を降るおとぼけ

環状7号線の歩道橋を降るおとぼけ

 

今回、私がこの過酷な高低差ルートをノーダメージで、しかも笑顔で完歩できたのは、事前に用意した以下のアイテムたちのおかげです。これから散策へ行く方は、準備しておくことをオススメします!

 

1. 機能性ウォーキングシューズ & 衝撃吸収インソール

 

これがないと後半の階段で足裏が悲鳴を上げていたはずです。しっかりとしたクッション性のあるシューズや、靴の中に1枚敷くだけで激変するインソールは必須投資です。

 

2. 超軽量・遮光晴雨兼用折りたたみ傘 

 

 

5月後半とはいえ、直射日光が当たるとかなり体力を奪われます。男性でも使いやすい軽量の日傘を1本リュックに入れておくだけで、体感温度が下がって驚くほど楽になります。水分・塩分補給もお忘れなく!

 

無事にゴール!大森グリーンベルトへ帰還

ゴール地である大森グリーンベルトに到着したおとぼけ

ゴール地である大森グリーンベルトに到着したおとぼけ

 

坂道を越え、階段をクリアし、お昼11時過ぎ頃にスタート地点の「大森グリーンベルト」へ無事に帰還しました!

 

約2時間10分のウォーキングを終えて

第19回OTAウォーキングを完歩したおとぼけ

第19回OTAウォーキングを完歩したおとぼけ

 

ゴール受付では、やりきった達成感とともに、待ちに待った「完歩証」をいただくことができました。

 

第19回OTAウォーキング完歩証

第19回OTAウォーキング完歩証

 

約2時間10分、しっかりと自分の足で文豪たちの街を歩き抜いた証です。心地よい疲労感と、大きな満足感に包まれた瞬間でした。

 

 

【ご褒美グルメ】散策後に立ち寄りたい大森駅周辺のおすすめランチ&カフェ

 

頑張って7kmを歩き抜いた後は、お腹もペコペコ!大森駅周辺には、ウォーキング後の体を満たしてくれる最高のグルメスポットが集まっています。

 

 

しっかり食べるならここ!おとぼけおすすめのグルメスポット

 

 

空腹と二日酔い明けの体を満たすため、私が吸い込まれるように向かったのは「喜多方ラーメン坂内(大森東口店)」です!

 

喜多方ラーメン坂内(大森東口店)とハイボール

喜多方ラーメン坂内(大森東口店)とハイボール

 

まずは乾いた喉にハイボールを流し込み、自分への最高のご褒美を贈ります。

 

喜多方ラーメン坂内のつけ麺

喜多方ラーメン坂内のつけ麺

 

そして注文したのは、ツルツルと喉越しの良いつけ麺と、ジューシーな餃子!坂内ならではの旨味たっぷりのスープともちもちの麺が、7kmを歩ききった身体にガツンと染み渡り、最高のエネルギーチャージになりました。ウォーキング後の坂内、完全にクセになりそうです。

 

 

 「ほのぼの日本史」的・喜多方ラーメン坂内のプチ豆知識

 

ここで「坂内ってチェーン店でしょ?」と思ったあなたに、歴史メディアならではのちょっと面白い豆知識をひとつ。

 

 

 

実は「喜多方ラーメン坂内」は、ただのチェーン店ではありません。福島県喜多方市にある、昭和33年創業の伝説の老舗「坂内食堂」の味を全国に伝えるために生まれた、ものすごい歴史とこだわりを持ったブランドなんです。

 

喜多方ラーメンのルーツをたどると、大正末期から昭和初期にかけて、中国から渡ってきた青年が屋台で売り歩いた「支那そば」に始まります。これって、まさに今回私たちが歩いた「馬込文士村」に文豪たちが集まっていた時期と、見事に歴史のタイムラインが重なるんですよね!文豪たちが馬込でドタバタ劇を繰り広げていたあの時代に、海の向こうからやってきた新しい麺の文化が、東北の地で産声を上げていたと思うと非常に感慨深いです。

 

さらに、坂内チェーンの素晴らしいこだわりが「手揉み(てもみ)のちぢれ麺」と「各店舗での手作りチャーシュー」。チェーン店でありながら、あの独特のモチモチ食感を出すために工場から届いた麺を各店舗でわざわざ人の手で揉み込んでいます。さらに、トロトロの絶品チャーシューも、毎日お店で塊肉からじっくり煮込んで仕込んでいるのだとか。大正・昭和の歴史に思いを馳せながら、職人魂が詰まった一杯をすする……。約7kmを歩き抜いた後のこの一杯は、まさに歴史散策の最高の締めくくりにふさわしい、奥深い味わいでした!

 

 

一息ついて記事の整理もできる、居心地の良いカフェ

 

食後は大森駅近くのカフェ(ドトールコーヒーなど)へ。冷たいドリンクで喉を潤しながら、今日撮った写真や動画を振り返る時間は最高のご褒美です。

 

 

さらに歴史を深掘り!自宅でも馬込文士村の世界に浸る方法

 

今回の散策で文豪たちに興味を持ったら、ぜひ彼らの作品に触れてみてください。

 

歩きながら聴く・帰ってから読む、文豪たちの名作

 

オススメは、散策中に耳で作品を聴く「没入型散策」や、帰りの電車でKindleを開くこと。尾崎士郎の『人生劇場』や川端康成の作品が、現地の風景と重なって何倍も深く心に染み渡ります。

 

 

東京近郊で次に体験したい!おすすめの歴史散策&アクティビティ

大田区カヌー協会開催イベント「シーカヤック・ツーリング(お花見ツーリング)」

大田区カヌー協会開催イベント「シーカヤック・ツーリング(お花見ツーリング)」

 

大田区の魅力は歴史散策だけではありません。「もっとアクティブに自然を感じたい!」という方には、同じ大田区内で楽しめる水辺のシーカヤック体験や、季節ごとのアウトドアアクティビティも非常にオススメです。

 

シーカヤック・ツーリング(お花見ツーリング)に参加したおとぼけ

シーカヤック・ツーリング(お花見ツーリング)に参加したおとぼけ

 

私も大田区カヌー協会のイベントに参加させていただき、昭和島などを水上散策させていただきましたが、とても楽しかったですよ!

 

また、「大田区のディープな魅力をエリア別にもっと知りたい!」「次の週末の計画をワクワクしながら立てたい」という方には、大田区公式の観光プロモーションメディア「Unique Ota(ユニークおおた)」もめちゃくちゃ参考になります!

 

「他にはない、大田区だけのユニークな価値」をテーマに、定番の観光地から地元民しか知らないような隠れた名所、絶品ローカルグルメ、そして今回ご紹介したような歴史・アートのカルチャーまで、美しい写真とともにたっぷり紹介されています。見ているだけで次のお出かけ欲が刺激されるメディアなので、ぜひこちらもチェックしてみてくださいね。

 

🔗 外部リンク: Unique Ota(ユニークおおた)公式ホームページ

 

まとめ:馬込文士村散策は歴史ファン・歩くのが好きな人に最高のルート!

 

大正・昭和の文豪たちが愛し、数々のドラマが生まれた馬込文士村。実際に歩いてみることで、解説板の文字だけでは分からなかった「坂道の多さ=文豪たちが見ていた景色や高低差」を肌で体感することができました。ぜひあなたも、歩きやすい靴を履いて、お気に入りの一冊を胸に、この魅力的な7kmのルートを歩いてみませんか?

 

 

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おとぼけ

【歴史メディア主宰 / コンテンツ制作責任者】 EC事業の立ち上げから事業売却(GMOインターネット株式会社へ)を経験後、歴史メディア「はじめての三国志」「ほのぼの日本史」を創設。PMとしてKW設計やコンテンツディレクションを取り仕切る一方、数々のブレストと思いつきで場を散らかし、あとはkawauso編集長に丸投げして去っていく自由人。各メンバーのパーソナリティを尊重し、得意分野を補完し合うチーム作りを実践している。創造的で自由な発想こそが、人々の心をつかむ良質なコンテンツになると信じている。 【影響を受けた本】「ウェブはグループで進化する」「無人島に生きる十六人」「ウェブ進化論」「暇と退屈の倫理学」「積みすぎた箱舟」「レイヤー化する世界」ほか

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