江戸の賭場はどうやって儲けていた?座頭市と木枯らし紋次郎から見える博徒の経済学


 

コメントできるようになりました 織田信長

 

東京スカイツリー、kawauso

 

時代劇を見ていると、

旅の渡世人が賭場で大勝ちし、

帰り道に博徒たちから

襲われる場面がよく登場する。

 

特に『座頭市』では、市が賭場で

イカサマを見破り大金を稼ぎ、

その後に用心棒や子分たちに囲まれて

チャンバラになるのがお約束だ。

 

現代人から見ると、

「負けたなら潔く支払えばいいのに」

と思うかもしれない。

 

しかし、江戸時代の賭場には、

現代人が見落としがちな経済的事情がある。

 

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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江戸時代のお金は地域の中を回っていた

 

現代なら銀行振込や電子決済で

全国へお金を送れる。

 

しかし江戸時代は違う。

 

地方の村や宿場町で流通するお金は限られており、

基本的には地域の中で循環していた。

money(お金・宋銭)

 

例えば、ある宿場町に百両のお金が流通していたとしよう。

そこへ旅人が現れ、賭場で三十両勝って持ち去った場合、

その地域で流通するお金は七十両に減ってしまう。

 

もちろん実際にはもっと複雑だが、博徒の親分から見れば、

 

「せっかく縄張りの中にあった金が外へ流出した」

 

という感覚だったはずだ。

 

つまり、旅人の大勝ちは単なる賭けの勝敗ではなく

賭場の資金流出でもあったのである。

 

 

 

なぜ地元客の勝ちは許されたのか?

 

一方で、地元の常連客が勝った場合は

事情が異なる。

 

勝ったお金は最終的に地元で使われる。

 

食事代になるかもしれない。

酒代になるかもしれない。

 

あるいは次の賭けで

再び賭場へ戻ってくるかもしれない。

 

博徒たちは経済学を学んでいたわけではない。

 

しかし長年の経験から、

 

「地元の金は最終的に縄張りの中を回る」

 

ことを理解していたのだろう。

 

だから常連客が多少勝った程度では

大騒ぎにならなかった。

 

問題は、勝ったまま旅立つ旅人だったのである。

 

 

ではなんで旅人を賭場に入れるのか?

 

それなら最初から旅人を

賭場に入れずに地元民だけで

賭場を開けばいい

 

しかし、それも難しい

このやり方では

裏の経済が大きくならない

からである。

 

賭場としては、外からの旅人を引き込み

外からのお金を賭場でふんだくり

経済を大きくしたいのだ。

関所

 

地元のヤクザからみれば

旅人は商売を大きくするカモであり

大勝ちされない限りは

歓迎できる存在だった。

 

 

座頭市のような闇討ちは本当にあったのか?

 

映画やドラマでは、

大勝ちした旅人が帰り道で襲われる。

 

しかし現実には、

いきなり斬りかかるよりも、

 

もっと穏便な方法で

回収を図ったとも言われる。

 

ヤクザたちは大勝ちした客の周りを囲み

shinsengumi(新選組)

 

「旦那、今日は景気がいいね!」

 

「祝い酒といきやしょう!」

 

そう言って言葉巧みに時に強引に

旅人を料亭へ連れていく。

 

そして酒を飲ませて泥酔させ

高価な料理を次々注文し、

勝った金を吐き出させる。

 

博徒にとって重要なのは

面子と金の回収である。

 

わざわざ騒ぎを起こすより、

気持ちよく金を使わせた方が都合が良かった。

 

江戸幕府はなぜ博打を禁止したのか?

 

また、刃傷沙汰を起こすと

幕府の監視が厳しくなる

 

江戸時代に博打が厳禁なのは

ギャンブルに溺れて

働かない人が増えたり

事件を起こす人間が増える事を

幕府が嫌ったせいだった。

Edo-Castle(江戸城)

 

だからヤクザとしても

手荒な方法は出来るだけ避ける

賭場が開けなくなれば

資金回収どころではないからだ。

 

 

 

座頭市と木枯らし紋次郎の違い

 

ここで面白いのが

時代劇のダークヒーロー

『座頭市』と『木枯らし紋次郎』の違いである。

 

座頭市は悪党から巻き上げた金を

一切返す気がない。

 

酒も断る。

 

宴会も断る。

 

勝った金をそのまま持って旅立とうとする。

 

博徒から見れば最悪の客だ。

だから毎回のようにトラブルになる。

 

一方の木枯らし紋次郎は違う。

紋次郎は余計な敵を作らない。

 

大勝ちしても適当なところで切り上げる。

場合によっては勝ち分の多くを使ってしまう。

 

旅を続けるには、目先の大金より

人間関係の方が重要だと知っているからだ。

 

江戸の賭場から見える人間の本質

 

江戸時代の賭場を見ていると、

人間社会の面白い法則が見えてくる。

 

人は利益だけで動くわけではない。

 

面子もある。

 

縄張りもある。

 

人間関係もある。

 

だから最も賢い人間は、勝ちすぎない。

 

そして敵を作りすぎない。

小判(お金)

 

座頭市の豪快さは魅力的だ。

 

しかし現実に長く生き残るなら、

木枯らし紋次郎のような処世術の方が

有効だったのかもしれない。

 

江戸の賭場は単なるギャンブルの場ではなかった。

 

そこには地域経済と人間心理が複雑に絡み合う、

もう一つの社会が存在していたのである。

 

 

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カワウソ編集長

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日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
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