【動画解説】国葬された日本人たち|維新の英傑から山本五十六まで、国に命を捧げた偉人

28/11/2025

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かして活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなど、地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FMコザやFMうるまでラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアへの掲載、大手ゲーム事業の企画立案・監修、セミナー講師など幅広く活動している。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ、2014年2月にGMOインターネット株式会社を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として、「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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コメントできるようになりました 織田信長

 

takamori-saigo-statue(西郷隆盛像)

 

 

明治維新や近代日本の礎を築くため、国のために命を懸けた偉人たち。最高の栄誉である「国葬」で送られた人々には、どのような功績があったのでしょうか。

 

 

 

 

明治維新を成し遂げた立役者たち

大久保利通 幕末

 

動画ではまず、明治維新に大きく貢献し国葬された人物たちが紹介されています。一人目は「維新の三傑」の一人、大久保利通。彼は明治維新とその後の富国強兵政策において強力なリーダーシップを発揮しました。

 

岩倉具視

 

二人目は公家の岩倉具視。彼は徳川慶喜を追い詰め、明治維新を成就させた中心人物です。

 

  • 大久保利通:維新の三傑として、近代日本の国づくりを主導しました。
  • 岩倉具視:王政復古の大号令により、徳川幕府を終わらせるきっかけを作りました。
  • 島津久光:薩摩藩の「国父」として、大久保や西郷隆盛を率いて維新を推し進めました。

 

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皇族や軍人たちへの国葬

 

維新の功労者だけでなく、皇族や軍人も国葬の対象となりました。有栖川宮熾仁親王は、東征大総督として江戸へ向かいましたが、内心では慶喜の助命を考えており、江戸無血開城に尽力しました。また、北白川宮能久親王は、日清戦争後に台湾へ赴任し現地で病死。皇族初の海外殉職者として国葬されています。

 

  • 有栖川宮熾仁親王:徳川慶喜の恭順を条件に助命するつもりで、江戸無血開城に貢献しました。
  • 北白川宮能久親王:台湾でマラリアにかかり病死し、皇族として初めて海外で殉職しました。
  • その後も、伊藤博文、大山巌、山縣有朋、東郷平八郎、山本五十六といったそうそうたる面々が国葬されています。

 

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俺達尊攘派

 

 

【まとめ】いずれも国のために命を懸けた偉人ばかり

 

国葬という最高の形で送られた人々。彼らは皆、それぞれの立場から日本の未来を案じ、国のために命を懸けて尽くした偉人たちでした。その功績は、今の日本にも繋がっています。

 

 

Q&A:よくある質問

Schipperke(スキッパーキの子犬)はてなver

 

 

Q. 最初に紹介されている国葬された人物は誰ですか?

若い頃の大久保利通

 

A. 明治維新を主導した「維新の三傑」の一人、大久保利通です。

 

はじめての明治時代

 

 

Q. 皇族で国葬された北白川宮能久親王は、何をした人ですか?

 

A. 明治天皇の義理の叔父にあたる人物です。日清戦争後に日本が獲得した台湾へ近衛師団長として赴任しましたが、現地でマラリアにより亡くなり、皇族初の海外殉職者となりました。

 

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