皆様は徳川慶喜について、どれくらい知っていらっしゃるでしょうか。「十五代目」「最後の征夷大将軍」「大政奉還をした人」……そんな経緯があるために歴史ファンの方々にもやや評価が分かれてしまう印象の徳川慶喜。
書かれる題材によっては悪役のようにされてしまうこともありますが、実は「けいきさん」なんて呼び親しまれていたことをご存知?今回は徳川慶喜とけいきさんについて、そしてこの「呼び方」についてもお話してみたいと思います。
この記事の目次
徳川慶喜、実はとても厳しく育てられていた!
さて徳川慶喜、産まれは天保八年。水戸藩の徳川斉昭の七男として江戸で生を受けました。翌年には父親である斉昭によって江戸から水戸に移り住むことになります。
この斉昭やや気性が激しく、アクティブな人物であったとも言われていますが、大変な教育パパでもあったようです。その教育は非常に厳しく、幼い慶喜の寝相が悪いと聞くとそれを矯正するために枕の端にカミソリを立てて寝させるようにしたとか……気が休まらなさそうですね!
徳川家康にも通じる才覚を発揮した慶喜青年
慶喜は幼い頃より利発で才気煥発、武芸は特に手裏剣を好んでおり、並ぶもののいないほどの名手で将来鍛錬を欠かさなかったと言います。ここで思い出して欲しいのが徳川家康。皆様も良くご存知の通り、江戸幕府を開いた人物であり、徳川家の偉大なご先祖様です。
そんな神君とまで言われるほど崇拝された家康。その家康を引き合いに出して慶喜は「権現様の再来」と言われるほどに能力がずば抜けていたともされています。
大政奉還が徳川慶喜の評価の分かれ目となった?
そんな徳川慶喜ですが、歴史的な評価はかなり控え目……というか、大政奉還をしてしまったことで「江戸幕府を終わらせた」「最後の将軍となった」ことが、慶喜の評価を二分することになったのではないかと思われます。古来より、一つの長く続いた歴史を閉じた人物は、辛口な評価をされる傾向にありますからね。
彼自身の終わらせ方が「潔い」と思うか、それとも「流されていった」と考えるか……その点も評価の分かれ目ではないでしょうか。さて大政奉還に関してはいずれどこかで。今回は徳川慶喜と「けいきさん」について、話していきましょう。
静岡に今も伝わる「けいき」さんというかわいらしい響き
「そもそもけいきさんってなんだ?」と一瞬思うかもしれません。これは徳川慶喜の「慶喜」を音読みした読み方となります。こう見ると慶喜という名前、慶事の「慶」に「喜ぶ」と言う文字が重なり、非常に良い名前ですね。
一説には旧旗本が蔑みを込めて呼んだともされていますが、慶喜自身もこの「けいき」という呼び方を気に入って周囲から呼ばれたがったとして、彼が住んだ静岡県では親しみと敬意を込めて、今でも「けいき」さんと呼ばれているそうです。
では「よしのぶ」ではないのか?「けいき」の方の読み方が正しいのか?混乱してしまいそうですが、次にその読み方についてお話します。
実はあの将軍にも繋がっていた?徳川慶喜の改名の訳
まずは徳川慶喜、父親の徳川斉昭から一字頂いて昭致という名前でした。それが元服した際に、将軍・徳川家慶から偏諱を賜って慶喜となりました。その後、将軍任命された際には幕府から「よしひさ」と読むと布告が行われております。
ここで出てくるのが室町時代の将軍、足利義宜。同じ「よしのぶ」なのですが、彼は将軍就任後「足利義教」と改名しました。これは「よしのぶ」が「世を忍ぶ」に通じるとされる噂を不快に思ったから……そして徳川慶喜もまた、よしのぶという名前の読みを良く思っていなかった、とも言われています。
徳川慶喜、名前の読み方……一体どれが正しいの?
徳川慶喜については、本人によるアルファベットでの署名でも「Yoshihisa」とされていることもあり、本人としても「よしのぶ」とは余り呼ばれたくなかった、もしくは「よしのぶ」以外での名前呼びをされたかったと思われますが、現代においても多い呼び名としては「よしのぶ」が挙げられるでしょう。
しかし布告、本人の署名、本人の意思などを鑑みるとよしのぶ、よしひさ、もしくはけいきでもどれでも間違ってはいないと思われます。
特に本人が親しんだとされる「けいき」。未だ静岡県で親しまれる呼び方、とても良い名前の響きではないでしょうか。
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音読みと訓読み、実はあの超有名人物も?
さて最後にちょっと別の人物のお話を。歴史上の人物ともなると、呼び名が分からないということが多々あります。漢字としては残っても、その名前の読みが残っていないことが多いからですね。
そんな中で有名なのが、安倍晴明。稀代の陰陽師として有名な人物ですが、せいめい、なのか、はるあきら、なのかははっきりしません。ただ「せいめい」と呼ぶ音読み呼びは「偉い人なので名前を直接呼ばないために」という配慮をされた、という説があります。
これに則ると静岡県の人々は親しみだけでなく、敬意をはらって代々「けいきさん」と呼んでいた……と考えると、奥ゆかしさも感じ、よりけいきさん呼びに思い入れを感じてしまいそうですね。
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幕末ひよこライター センのひとりごと
名前の呼びとは不思議なものです。呼び方ひとつでその名前のイメージも変わりますし、その名前がどうしてそう呼ばれたのかを知るだけで、見ず知らずの人の名前であっても歴史の深さを感じることもあります。これは一つの文字にたくさんの読み方があり、そしてその文字にも意味が有る文化の特有のものとでも言いましょうか。それを徳川慶喜とけいき、その呼び方から感じた筆者でした。ちゃぽん。
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