戦国時代

信玄の治水工事はどの程度役に立ったの?

 

支配の一元化が信玄崇拝の元に

麒麟を求める農民たち

 

しかし、武田信玄による領民への支配力強化は悪い事だけではありませんでした。それまでの甲斐では、寺社、国人、守護職と複数の権力が並立し、領民はその時々で仕える相手を変えていましたが、武田信玄が戸籍を把握して人口を把握したので、支配者が戦国大名である武田氏に一元化されます。

 

つまり、領民の中に武田氏の民であるという帰属心が誕生したのです。同時に棟別銭や伝馬銭、普請銭は支払ったり労役をこなすのは苦しいものの、それにより甲斐が発展し、領民の暮らしが保障されるメリットや武田家と交渉し条件を呑む代わりに棟別銭や普請銭が免除されたりもしました。

 

支配の一元化が甲斐の領民に「オラが国の支配者、信玄公」というイメージを植え付けていき、信玄が没後数百年も甲斐の人々に愛されるご当地ヒーローとなる下地に繋がったのです。

 

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戦国時代ライターkawausoの一言

朝まで三国志2017-77 kawauso

 

武田信玄の治水工事が、どのていど、洪水の防止に役だったかはわかりません。しかし、信玄の治水への情熱は並々ならないものがありました。最初に信玄の治水への思いがあり、それがその後数百年続く治水事業に引き継がれていったという事は十分あり得ると思います。

 

また、信玄が領民の数を把握し、数々の労役を課した事が甲斐国の支配を信玄に一元化させ、甲斐武田氏に対して領民が帰属意識を持つ事に繋がり、山梨県の偉人、信玄公のイメージを生んだとも言えるでしょう。

 

参考文献:戦国武将の土木工事 彩図社

 

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はじめての戦国時代

 

 

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