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鍋島騒動とは?猫の怨念が巻き起こした恐怖

30/11/2023


 

鍋島直茂

 

「猫を殺せば七代祟る」と言われるように、猫は執念深く、恨みつらみ、そして同時に恩もまた忘れないとされる動物です。今回はそんな猫が引き起こした鍋島家なべしまけに猫の怨念が祟る恐ろしい出来事、鍋島家なべしまけ化け猫騒動のお話をいたしましょう。この話、そもそもは鍋島家なべしまけ、そして龍造寺家りゅうぞうじけのお家騒動が根幹にあります。

一般的に言われる、鍋島騒動なべしまそうどうとは?その辺りについてもお話していきましょうね。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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全ての発端は、嘗ての佐賀藩に起こったお家騒動?

 

さて恐ろしい化け猫騒動が起こったのは、鍋島光茂なべしまみつしげ佐賀藩さがはんを治めていた時の事。

 

龍造寺隆信

 

 

嘗て、佐賀藩さがはんを治めていたのは龍造寺家りゅうぞうじけでした。当主、龍造寺隆信りゅうぞうじたかのぶが嫡男、政家に家督を譲るも、実権は隆信にありました。これは生来、政家が病弱であったためとも言われています。しかし沖田畷の戦いで隆信は亡くなり、龍造寺家りゅうぞうじけの重臣であり、従弟で義弟でもあった鍋島直茂なべしまなおしげが仕切っていくこととになります。この時、鍋島直茂なべしまなおしげ龍造寺政家りゅうぞうじまさいえに「子である高房様が成人したら家督を戻す」と約束するも、この約束は果たされることはなく、失意のまま龍造寺高房りゅうぞうじたかふさは自害してしまったのでした。

 

 

「待った」「待たぬ」から始まった悲劇とは

 

さてその後、龍造寺高房りゅうぞうじたかふさの血筋はか細くも未だ残されておりました。その子こそ龍造寺又七郎りゅうぞうじまたしちろうという男子です。母と二人で慎ましく生活していたこの男子、ある日当主の鍋島光茂なべしまみつしげの碁の相手をするようにと城に呼ばれるのですが……城に呼ばれたっきり、戻ることはありませんでした。

 

これには複数経緯がありまして、碁の勝負で待った待たないと白熱してしまい、怒りで光茂が切り殺してしまった説。負けるようにと言われていたのに勝ってしまい、やはり殺された説。そもそも最初から碁を理由に殺す予定だった説……色々ありますが、又七郎は二度と母の元に戻ることはなかったのです。

 

母の血と怒り、怨念が猫を化け猫に変える

 

この母親、一匹の猫を飼っておりました。名前はこまと言って、大事に世話をされていたと言います。このこまがある雨の夜に、咥えて帰って来たものをみて母親は悲鳴を上げました。それは切り落とされた又七郎の首だったのです。我が子を殺されたこと、お家の再興も絶たれたこと、そして全てを奪った鍋島家なべしまけへの怨みから母親は城を睨み、呪詛を吐きながら懐剣で胸を突いて自害しました。その怨みを聞き届けたかのように、流れ出した血を舐めとって、こまは姿を消したのです。

 

 

現れた化け猫、鍋島家の忠臣に退治される

 

それからというもの、鍋島家なべしまけ城内で奇々怪々な死亡事件が増え、当主である鍋島光茂なべしまみつしげも病に倒れました。愛妾であるお豊の方が懸命に看病するも、病気は快癒に向かわず。

 

これを怪しんだのが鍋島家なべしまけ忠臣、小森半左衛門。夜更けに部屋を覗いてみると、お豊の方が行燈の油を舐めているではありませんか!実は本物のお豊の方は既に喰い殺され、化け猫に成り代わられてお家を祟っていたのです。ここから光茂を殺して主の仇を討とうとする化け猫、それを命をかけて主を守ろうとする忠臣の斬った張ったの大立ち回り、見事小森は化け猫を倒し、これにて鍋島化け猫騒動は終わりを迎えたのでした。……というのが、鍋島化け猫騒動という、伝説のお話です。そしてこれは鍋島家なべしまけのお家騒動である、通称鍋島騒動なべしまそうどうが下敷きとされていると言いますが……。

 

 

 

 

実際には「鍋島騒動」は起こっていなかった!?

 

さて実際のお家騒動ですが、龍造寺家りゅうぞうじけ鍋島家なべしまけが取って代わったというのはある種、事実です。前述したように、政家は病弱で政務が取れず、家督は五歳の高房が継いでいました。これに口を出してきたのは豊臣秀吉、彼の承認の元、実権は鍋島直茂なべしまなおしげとその子、勝茂に握らせられることになりました。ここで鍋島直茂なべしまなおしげは高房が成人した際に実権を戻す証文を書いたり、高房を直茂の養子にするなどの処置も龍造寺家りゅうぞうじけ鍋島家なべしまけで取ったのですが、朝鮮出兵、関ヶ原などで鍋島家なべしまけが功を立てたこともあり、幕府も高房が藩主に戻ることを認めることはありませんでした。

 

 

 

火のない所に煙は立たぬ、それとも煙は立てられたか

 

これにより高房は乱心、二度に渡って自害を試みて死亡、それを聞いた政家も病死。このため正式に鍋島家なべしまけが藩主を継ぐことが幕府、また龍造寺一門も認めるも、あくまで龍造寺家りゅうぞうじけを立てようとした直茂はこれを受けず、息子の鍋島勝茂が藩主となることになるのでした。お家代替わりはあくまで穏便に、家一門と幕府、他家臣の承認もあって受け入れられてのことだったのです。

 

しかしこの後、高房の亡霊が夜中に城をうろつくという噂が。更に鍋島直茂なべしまなおしげが重病で苦しんだ末に病死。更に更にと勝茂の子が亡くなるという不幸がタイムリーにも起こってしまいます。これを背景に「龍造寺家りゅうぞうじけ鍋島家なべしまけを呪った」というお家騒動ネタが広まっていったのではないでしょうか。

 

 

鍋島家と龍造寺家の行末

 

さてもう一つ、鍋島騒動なべしまそうどうの後押しをしてしまった一件を。後に高房の子の一人(認知はされていなかった御様子)が鍋島家なべしまけから龍造寺家りゅうぞうじけを取り戻そうと、徳川家光の時代に幕府に再三の訴えを出しました。しかし既に佐賀藩さがはん鍋島家なべしまけが手際よく治めており、もはや幕府も今更ことを荒立てて欲しくはない、という意向だったのでしょうか、これは認められず。結局最終的に彼は会津藩にて預かりとされて終わっています。

 

この辺りも「鍋島家なべしまけは幕府に取り入って龍造寺家りゅうぞうじけの正当な後継者を追放したんだ!」という庶民の憶測を呼び、鍋島化け猫騒動、及び鍋島騒動なべしまそうどうが実際に起こったことのように扱われてしまったのでしょうかね。恐ろしくも厄介な、化け猫騒動のお話でした。

 

 

 

戦国ひよこライター センのひとりごと

日本史ライター セン

 

鍋島騒動なべしまそうどうは結局のところお家騒動であり、下手をするとお家取り潰しの可能性もあったと思うのですが、その点は見事に避けて鍋島家なべしまけ、及び龍造寺家りゅうぞうじけは家を守ることに成功しました。元々鍋島家なべしまけ龍造寺家りゅうぞうじけから娘を嫁に貰って鍋島直茂なべしまなおしげが生まれ、更に龍造寺隆信りゅうぞうじたかのぶの母親は直茂の父親と再婚してまで鍋島家なべしまけを取り込む形で龍造寺家りゅうぞうじけを守る形を取っています。

 

化け猫騒動のお話が広まってしまったため鍋島直茂なべしまなおしげは実はお家乗っ取りを企んでいた陪臣のように言われることもありますが、実際には良く龍造寺家りゅうぞうじけを立て、お家に尽くした名臣の一人だと筆者は思っていますね。佐賀化け猫騒動と、その顛末のお話でした。

 

センさんが日本史沼にドボン

 

どぼーん!

 

参考:日本伝奇伝説大事典

 

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自己紹介:日本史はあちらこちら、面白そう!と思った所を色々と見ていくのが大好き。どこも面白くて目移りしてしまいますが、特に戦国時代が大好物。様々な勉強ポイント……よりも、ちょっとクスっとしてしまうような小話を交えつつ、皆さんと沼にハマっていきたいと思います、どぼーん。 好きな歴史人物:織田信長 斎藤道三

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