日本中が毎日戦争状態だった戦国時代。命の値段が極めて安いこの時代にあっても、合戦での戦死率は格別でした。しかし、当時の戦場で気を付けないといけないのは、実は敵だけではないのです。
今回は、戦場に横行する泥棒の被害について紹介します。
合戦の脅威とはズバリ!
合戦の脅威とはズバリ!
味方同士で、武器や防具の盗難があり金品は殺されて奪われるケースもあった。です。
このように戦場では敵だけではなく、味方による武器防具の盗難、あるいは金品を所持していると殺されて奪われる事があったのです。敵以外にも味方に警戒しないといけないなんてシンドイですね。さて、結論を書いた所で戦国時代の泥棒について細かく述べてみましょう。
戦国の悪習 員数合わせ
戦国時代も後期になると、大名も力をつけて足軽を大量に動員できるようになります。それと同時に財力をつけてきた戦国大名は、武器や防具を、手ぶらで従軍してきた足軽に貸し出すようになりました。これをお貸し具足と言い、今風に言うとレンタル用品です。
さて、組織化された足軽はそれぞれ組同士で団結し、手柄や恩賞を巡ってよその組と激しくいがみ合うようになります。こうして、ある組にいる足軽が戦場のドサクサで備品を失うと必然的に
「おぅ!いけすかねェ隣の組から盗んできてやろうぜ」
という話になり、何の落ち度もない隣り組の足軽の備品が紛失するという可哀想な事例が多く起きたのです。もちろん、取られた足軽もこのままでは、無実の罪で叱責され罰を受ける事になるので、また、別組の足軽から隙を見て備品を奪います。こうして、奪い・奪われる争奪戦が繰り広げられ、一番最後に備品を奪われた足軽が貧乏くじを引く結果になりました。
吉内左衛門の災難
しかし、員数合わせはまだ微笑ましい部類でした。備品だけでなく、太刀の鞘の金銀の拵えや、槍の上逆輪の金箔や銀箔を引き剥がすような、悪質な泥棒も存在したのです。
足軽の装備なら値段も知れたものですが、騎馬武者の従者として従う小者は、主君の高価な太刀や槍を預かる事も多々あり、戦場でくたびれてウトウトしている隙に金箔を剥がされたりすれば、最悪です。雑兵物語にも、吉内左衛門という小者が主人の槍持ちをしていて、疲れて眠っている間に、槍の上逆輪を盗られてしまい
「いかなる死罪に処される事か、俺はもう罪人と同じだ」
と激しく落胆し悔やむ場面が出てきます。ところが、戦場で死ぬのも手討ちにされるのも同じと吹っ切れた左衛門は、手柄を立て失態を帳消しにしようと奮闘。敵の騎馬武者を討ち取るという金星を挙げ主人に処罰される事を免れたそうです。
殺人事件まで起きていた
災難だった左衛門ですが、泥棒に殺されなかっただけ幸運かもしれません。被害者が眠っている間に盗みを済ませられない器用じゃない泥棒は、戦場のドサクサで被害者を殺し金品を奪う事もあったからです。
特に最悪は銭で、これは名前が書かれているわけでもなく盗まれても足がつきませんから、大金を持っていると悟られたが最期、首から紐を掛けてもっていれば紐を切られて奪われ、もし、懐に大事に仕舞うと刺殺されて、金を盗られる事もありました。
そこで、心得たベテラン武士は、
「最初から盗まれそうな金銀の拵えを刀や槍には施すな、それが一番安全だ」と口をそろえて注意しています。
確かに戦場のプレッシャーに加えて、味方に殺されるかも知れないと日夜ビクビクしたのでは、とても手柄を立てる所じゃありませんね。ただ、高価な金銀の拵えは戦場で目立ち、軍目付や味方に自分の手柄をPRする小道具でもあったので、安全を取るか目立つほうを取るかは中々の難問でした。
参考:〈歴史・時代小説ファン必携〉【絵解き】雑兵足軽たちの戦い (講談社文庫) 文庫 2007/3/15東郷 隆 (著), 上田 信 (イラスト)
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