江戸無血開城から上野戦争が終わる頃まで幕府陸軍総裁として敗戦処理をしていた勝海舟は、非常に多忙であると同時に多くの幕臣に命を狙われ実際に馬上で狙撃を受けた事もありました。
それでも昼間に真正面から向かってくる分には禅で鍛えた胆力で怒鳴りつけて相手を怖気づかせる事も出来ましたが、狙撃されたり、闇討ちとなるとそうもいきません。そこで海舟は一番狙われやすい自宅周辺の行動に神経を使いました。
対策として海舟は、帰宅する時に正面玄関から入らず庭を横切ったり、勝手口から入ったりとにかくランダムに入り口を変える事で闇討ちのリスクを軽減させようとします。ただ、それに付き合わされる家族や使用人は大変で海舟がいつ帰って来てもいいように、それぞれ入り口で朝まで寝ずの番をしないといけませんでした。
ウッカリして海舟が帰って来ても扉を開けないでおくと「俺を締め出しにくわせたな」と激しく怒って数日癇癪が続くので、毎日、戦々恐々だったとか。
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