今週もお疲れ様!長浜城主時代に石松丸秀勝という秀吉の子供

23/07/2021


今週もお疲れ 豊臣秀吉

 

ほのぼの日本史をご覧の皆さん、今週もお疲れ様でした。今回のお疲れキャラは豊臣秀吉です。

 

豊臣秀吉には、長浜城主時代に石松丸秀勝という子供が生まれたそうですが、この実子の秀勝は夭折します。そこで天正4年に信長に懇願して迎えたのが信長の4男の於次丸、彼は改名して、羽柴秀勝と名乗ります。この秀勝はなかなか優秀な人物でしたが、17歳で病死。次に秀吉は姉の子で甥にあたる小吉を養子にしてやはり、豊臣秀勝としました。

 

ところが、この秀勝は朝鮮の役に参加した途中に戦病死しています。このように羽柴秀勝は史上3名もいるのですが、於次丸秀勝と小吉秀勝については、於次丸秀勝が死ぬ最後の数カ月は同時に存在していたとも言われどれだけ秀吉、秀勝という名前が好きなんだよと思ってしまいました。

 

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カワウソ編集長

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日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
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