今週もお疲れさま!猫の天敵、織田信長の逸話

07/02/2021


監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


今週もお疲れ様でした 島津義弘

 

ほのぼの日本史ファミリーの皆さん、今週もお疲れ様でした。さて、2月22日はにゃんにゃんにゃんで猫の日だそうなので今回は猫にまつわる話をします。

 

戦国の風雲児 織田信長は大の鷹マニアとして知られています。信長は鷹狩りを重視し優秀な鷹を手元に置いて可愛がっていました。そこで信長に近づきたい諸大名は信長に鷹を贈って親交を結ぼうと腐心していました。

 

こうして、常時数十羽の鷹を保有した信長ですが、困ったのは餌です。鷹は生餌しか食べないので毎日新鮮な獲物が必要でした。こうして信長は鷹の生餌として鶏と猫に目をつけ安土一帯で野良猫や飼猫を捕まえては、鷹の餌にするようになりました。
大六天魔王は猫に取っても大魔王だったようです。これに困ったのが当時の愛猫家たちです。

 

「人に預けるのも嫌な愛猫を鷹の餌にするなんてとんでもない」

 

こうして愛猫家たちは自分の愛猫を大和興福寺に預けました。延暦寺と違い興福寺は信長と円満な関係であり信長も興福寺に、ただ猫を狩る為だけに踏み込もうとまではしなかったのです。この時期の興福寺はきっと猫まみれだった事でしょうね。やがて本能寺で信長は討たれ、日本のニャンコが一息つけるか…と思いきや1592年には今度は豊臣秀吉が大和中で犬猫狩りを開始します。

 

理由は鷹の餌ではなく皮を剥いで槍の刃を包む革袋として使用する為でした。時期的に文禄の役の頃で、大軍を動員するので多くの犬猫の皮が必要だったのでしょう。戦国時代の知られざる猫の受難の歴史でした。

 

三国同盟を潰したあの男

 

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カワウソ編集長

カワウソ編集長

日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
【好きな歴史人物】
勝海舟、西郷隆盛、織田信長

-おつかれさま