衰えることのない真田幸村の人気の秘密は「名前」と「ロゴ」と「ブランディング」のおかげ?

10/05/2021


真田信繁

 

突然ですが、真田幸村(さなだゆきむら)の人気に嫉妬している皆様へ!

あの人気の高さは、いったいなんなのでしょうかね?

 

歴史を厳密に調べれば調べるほど、実属についてナゾも多いですし、別にイケメン武将だったと決まったわけでもない。それなのにこの人気の衰えのなさは、なんなのでしょうか?

 

私も、考えました。考えたなりに、気付いたことがあります。もしかして、真田幸村の人気は、本人も意図していないうちに見事に「プランディング」のセオリー通りに生きてしまっていた、偶然のおかげなのでは?

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


ロゴとしての汎用性に優れている「六文銭」がまず凄い!

 

まず、あれが凄いのではないでしょうか?

 

真田幸村の象徴ともなっている、「六文銭(ろくもんせん)」です。

 

仏教における「六道(ろくどう)」を表すものともいわれますし、三途の川の渡し賃であるともいわれますが、いずれにせよ「死」や「冥途」を想起させる、鬼気迫るシンボル。これを真田氏が家紋に使っていたのは、幸村がひらめいたわけでは当然なく、信濃の豪族時代から始まっていたこと。

 

つまり、たまたまのハナシなのです。しかし、たまたま、この「六文銭」が真田幸村の壮絶な戦いぶりとマッチしてしまったことで、まさに「真田幸村を象徴する、見事なロゴ」として機能するようになったのだ、とはいえないでしょうか。

 

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意図せぬブランディング戦略の成功!ロゴの展開がジャケットもパーカーもストラップも!

真田信繁

 

この影響力は、現代になってますます盛んになっているような気がします。私がざっと調べただけでも、

 

  • ひるがえすと六文銭が見えるオシャレジャケット
  • 六文銭がプリントされた格好いいパーカー
  • 六文銭を強調したストラップ

 

などといったアイテムが、さまざまな場所で売られております。

 

仰天するのは、中には女性向けにアレンジされたアクセサリーも多々あること!

若い女性向けのアクセサリーに、冥途への片道切符、六文銭が刻まれているとは!

 

よくよく考えると凄まじいハナシですが、たしかに「映える」デザインであることは否めません。

 

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はじめての戦国時代

 

良いデザインを活かすのは実際の行動の一貫性である!

真田信繁

 

しかし、ここはもう少し深く考えてみるべきテーマです。六文銭よりもキャッチ—な家紋を持っている武将もいろいろいるのに、どうして真田氏の六文銭がこんなにも「映える」のでしょうか。

 

ここでビジネスマン目線に立って、「ブランド人気を獲得するためには何が必要か」を整理してみましょう。まず名前、そしてロゴ。このふたつが大事です。

 

「外見が9割」というのは、漠然とした「人気」にも関わってくるわけです。

 

その点、真田幸村は、本名であるはずの真田信繁(さなだのぶしげ)のほうがすっかり忘れられ、江戸時代の講談の中で流行した真田幸村という、ゴロとしても調子がよく、勇ましい名前のほうで売り出している分、名前のブランディングとしては完璧です!

 

この「名前」の変更もまた、真田幸村本人が狙ったわけではなく、後世の伝承の中でたまたまそうなってしまったというハナシですが。そして家紋のデザインが、ロゴとして「映える」ものであるのは、先ほども述べた通り。ですがブランディングにはもうひとつ、大事な観点があります。作ったイメージに、徹底的に沿った生き方を続けること。

 

邪馬台国の卑弥呼はアイドル

 

清純派アイドルで売り出しているなら、徹底して私生活もそれで貫かねばいけない。社会貢献をうたっている企業は、徹底してその活動を継続しなければならない。うっかり不祥事でも起こしたら致命的なのです。

 

その点、真田幸村は最強すぎます。

 

「さなだゆきむら」という勇ましいネーミングに負けない、獅子奮迅(ししふんじん)の戦いぶりを史実に残しました。

「冥途への六文銭」というロゴをそのまま行くような、壮絶な戦死を遂げました。

 

そのうえ、本人の私生活においても(伝わっているかぎりはですが)、お金や異性や権力闘争で汚いことや後ろめたいことをした形跡がひとつもない。

 

singen-takeda(武田信玄)

 

これは戦国時代の後発世代だから許されることとはいえ、毛利元就(もうりもとなり)織田信長(おだのぶなが)武田信玄(たけだしんげん)あたりが、どうしてもやらざるをえなかった、組織内の粛清とか、家族との抗争とか、だまし討ちとか、そういう戦国の「リアルなエグいエピソード」をやらずに、生涯を華々しく遂げることができたのです。

 

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まとめ:良いブランド名を活かすのは実際の行動の一貫性である!

何本も翻る軍旗と兵士(モブ)

 

真田幸村の人気に嫉妬している皆様へ!

さあ、この考察はいかがでしたでしょうか?

 

漠然としていた真田幸村の人気の秘密を、かなり解剖できたような気がします。彼にあやかりたいのであれば、以下の戦略を貫きましょう!

 

武田信玄が作った甲陽軍鑑

 

  • 真田信繁が「真田幸村」になったように、覚えやすく勇ましい名前に、本名を変える
  • 仏教がらみの、「冥途」「死」を連想させるシンボルを身に着けて生きる
  • それを身に着けて生きる以上は、戦場で華々しく戦い、惜しいところで見事に戦死する
  • 死ぬまでに、お金や異性や権力に絡んだ余計な事件を一切、おこさない

 

戦国時代ライターYASHIROの独り言

三国志ライター YASHIRO

 

これをやり抜ければ、あなたも現代の真田幸村として圧倒的な人気を手に入れることができるかもしれません!

 

存外、簡単そうですよね!

そう思いませんか?

 

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三国同盟を潰したあの男

 

 

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通説では「ダメ人物」とされている人について、史料に則しつつも「こういう事情があったのではないか?」と「弁護」するテーマが、特に好きです。愚将や悪人とされている人物の評価を少しでも覆してみたい!がモチベーションです。日本人の「負けた者に同情しがちな心理」大切にしたいと思っています
【好きな歴史人物】
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