「鳥なき島の蝙蝠」の意味とは?織田信長に「鳥なき島の蝙蝠」と言われた長宗我部元親

02/07/2023


 

コメントできるようになりました 織田信長

 

四国を統一する長宗我部元親

 

日本にほんは狭いながら色々な変化に富んだくにであり、戦国時代せんごくじだいには群雄割拠の時代でもありました。その中で四国しこくの雄ともなったのが、長宗我部元親ちょうそうがべもとちか四国しこく統一を行い、そして織田信長おだのぶながとも後に対立したとされる長宗我部元親ちょうそうがべもとちか

 

oda-nobunaga(織田信長)

 

 

彼のことを織田信長おだのぶながはこう評しました。「とりなき島の蝙蝠」この「とりなき島の蝙蝠」の意味について、今回は色々お話したいと思います。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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四国の雄、長宗我部元親……姫から鬼にランクアップ!

長曾我部元親(長宗我部元親)鳥なき島のコウモリ

 

さてまずはこの長宗我部元親ちょうそうがべもとちか、実は昔からとっても強くて見込みがあって、将来を有望視されていた……とかではなかったようです。大人しくて引きこもり気質、そして本ばかり読んでいた彼は家臣かしんたちから侮られておりました。そのため、付いた呼び名が「姫若子ひめわこ」。

 

それが初陣で槍をぶん回して大活躍したのですから周囲はビックリ!その活躍から「鬼若子」と家臣かしんたちからは呼ばれるようになったと言います。

 

 

念願の四国統一と、織田家と長宗我部元親の繋がり

臨終

 

そんな中、22歳のときに父である長宗我部国親ちょうそうがべくにちかが急死。家督かとくを継いだ長宗我部元親ちょうそうがべもとちかは一領具足という半農半兵の仕組みを利用してどんどんと勢力を拡大し、四国しこく統一を果たします。

 

しかしそれ以前から長宗我部元親ちょうそうがべもとちか織田信長おだのぶながと誼を通じていました。1575年、長宗我部元親ちょうそうがべもとちか中島可之助なかじまかのすけを使者として織田家おだけに送ります。何せ四国しこく、中央から離れていますから仲良くするのもお仕事。

 

長宗我部元親と密談する明智光秀

 

その長宗我部元親ちょうそうがべもとちか、奥さんが明智光秀あけちみつひで家臣かしんである斎藤利光さいとうとしみつの異父妹で、それを縁に織田家おだけと連絡を取ったとされているのです。

 

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織田信長「The Bats of the Island Without Birds」(※言っていません)

水軍を作る織田信長

 

 

この時元親もとちか、自分の嫡男でありとてもとてもとっても可愛がっていた息子の烏帽子親えぼしちか信長のぶながに頼みました。この事から息子、弥三郎やさぶろう長宗我部信親ちょうそうがべのぶちかと名乗ることになりました。

信親のぶちかは長身の眉目秀麗で文武両道、礼儀正しく家臣かしんにも慕われてるという自慢の息子で、信長のぶながも気に入ったのかこの時に左文の銘刀と名馬を与えました。が、その父親である長宗我部元親ちょうそうがべもとちかのことを織田信長おだのぶながはこう評しました。

 

「The Bats of the Island Without Birds」

 

そう「とりなきしま蝙蝠こうもり」です。別に英語えいごでは言っていません。

 

 

蝙蝠のイメージである、卑怯者のイメージはどこから?何と六世紀から!

 

さて、蝙蝠こうもりと言われてしまうとよく言われるのが「蝙蝠こうもり野郎」「卑怯者」のようなイメージがあるのではないでしょうか。誰にでもいい顔するような人は蝙蝠こうもり、と言われてしまうことがありますね。

 

これはイソップ童話いそっぷどうわ、卑怯な蝙蝠こうもり、というお話のイメージが強いことが理由にあります。ざっくりと説明しますと、獣と鳥が戦う中で、蝙蝠こうもりは自分が動物と羽の姿を持っているのを良いことに、勝っている方に「自分は貴方たちの仲間!」と言ってばかりいました。このことで蝙蝠こうもりは獣からも鳥からも嫌われ、暗い洞窟の中で済むことになったというお話です。

 

そしてイソップ童話いそっぷどうわ、起源は六世紀……もしや織田信長おだのぶながイソップ童話いそっぷどうわの愛読者だった可能性!?

 

47都道府県戦国時代

 

鳥なき島の蝙蝠、その意味するところは蛙

 

……という風に、たまにこの鳥なき島の蝙蝠こうもりを「卑怯者」のように勘違いしているパターンも見かけますが、この鳥なき島の蝙蝠こうもりとはそういう意味ではありません。長宗我部元親ちょうそかべもとちか四国しこくの雄、四国しこく統一を後に果たす人物ではありますが、それは四国しこくの中であってこその威光。

 

「鳥のいない島で威張っている蝙蝠こうもりのようだ」

 

井の中の蛙、そういう意味でこの「鳥なき島の蝙蝠こうもり」という言葉は使われたのです。

 

 

鳥なき島の蝙蝠とは本当に言われたのか?

 

さてこの織田信長おだのぶなが長宗我部元親ちょうそかべもとちか評、鳥なき島の蝙蝠こうもり。有名な話でもある一方で、信ぴょう性が低いのでは、とも言われる話です。この話が載っている土佐物語とさものがたりは18世紀に成立したこと、同書には鬼や大蛇なども登場することから、史実性が低いとされ、後年に「そういうこと」にされたのでは……?ともされますが、真実は如何に。

 

戦国時代あるあるですからね、動物に例えるの。

 

 

蝙蝠なめんなよ!実はすごいんだぜ!

 

因みに長宗我部元親ちょうそかべもとちか豊臣とよとみに降り、その後の扱いも何かよろしくなく、嫡男を失ってから豹変し、晩年が悲惨な人物でもあります。そこを考えると、四国しこくの雄は、四国しこくだからこその雄だったのかもしれません。

 

正に鳥なき島の蝙蝠こうもりであった……かもしれませんが、四国しこくの一大名、それも勢力的に強くなかった家が一代で統一を果たした、それは十分に評価されてしかるべきではないでしょうか。更に余談ですが、蝙蝠は世界的に非常に種類が多く、何と哺乳類全体の四分の一が蝙蝠です。

 

そして哺乳類で唯一飛べることもあって、病気の伝染力高いという恐ろしさも持ちます。そういう面から考えると……鳥なき島の蝙蝠は、実はもっと恐ろしい力を秘めていた可能性、それも面白いのではないでしょうか。

 

 

どうする家康

 

 

戦国ひよこライター センのひとりごと

日本史ライター セン

 

あまりいいイメージを持たれない蝙蝠ですが、見た目は結構かわいいし、意外とどこでもいるのが特徴ですね。筆者の家は田舎ということもあって、倉庫に蝙蝠がいたことがあります。

 

日本史を語るライターセン様

 

捕まえようとして「触るんじゃない!」と怒られたことも……あれは蝙蝠が病気の伝染力が高かったからかもしれません。そう考えると蝙蝠もまた恐ろしいものです。

 

センさんのとぷんver2

 

そういう意味で、鳥なき島の蝙蝠、鳥のいない島での蝙蝠がどれほど恐ろしいか……そんな新しい長宗我部元親像を見せてくれる作品、待ち望んでおります。ちゃぽん。

 

参考:土佐物語 イソップ童話

 

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自己紹介:日本史はあちらこちら、面白そう!と思った所を色々と見ていくのが大好き。どこも面白くて目移りしてしまいますが、特に戦国時代が大好物。様々な勉強ポイント……よりも、ちょっとクスっとしてしまうような小話を交えつつ、皆さんと沼にハマっていきたいと思います、どぼーん。 好きな歴史人物:織田信長 斎藤道三

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