NHK大河ドラマどうする家康、第16話「信玄を怒らせるな」では、デカい!怖い!ローマ人の三拍子揃った武田信玄が「弱き主君は害悪なり」と格言を残すシーンがあります。実はこの言葉はドラマのオリジナルではなく、実際に似たような事を信玄は発言したようです。そこに隠された深い意味を考えます。
恐るべき独善者信玄
武田信玄は、決して豊かとはいえない山国、甲斐の領主でした。洪水も頻繁で毎年のように大飢饉に陥る領民を救う為に信玄が出来る事は、他国を侵略し戦利品を甲斐に持ち帰るしかなかったのです。そんな自分を正当化するために、信玄は恐ろしく独善的な考え方を持つようになりました。
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国獲りの何が悪い!正しく民を統治する強者が善だ
信玄の国獲りの思想が現れている言葉があります。
”戦国大名は、人の国を奪い取るのが仕事だ。国に罪はないがそれが武士の道である。他国の将が無道を行っていれば、それを討ち代わりに領民を正しく統治して民を労るのが統治者の道なのだ。”
このように信玄は戦国大名の仕事は他人の国を奪い取る事だと断言します。そして、そればかりではなく、信玄から見て隣国の武将が無道(道理がない政治)をしていれば、これを滅ぼして取って代わるのが正しい道だとして侵略を正当化どころか善と言ってのけます。
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悪を飲みこみ巨大化する信玄
信玄の言い分は、平和な日本から見るといかにも独善に見えます。しかし、信玄は飢えが日常茶飯事だった甲斐の統治者であり、領民を飢えさせないためには外に領土を広げるしかありませんでした。
その結果として、よその国では領地が奪われ滅亡する大名や、身内を戦乱で失い難民化する領民も出るのですが、信玄から見れば「だからどうした?」でした。そんな事は知った事ではない、俺は自分の国の領民が生きていきればそれでいいのだ。という開き直りです。
奪うか、奪われるかの戦国では、奪われる方が弱く悪いに決まっている。「だから弱き主君は害悪だ」と信玄は言っているわけです。そして奪われたくないなら俺に降伏しろ、そうすれば、俺が統治者としてお前達の暮らしが立つようにしてやろうと嘯くわけです。
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謀略と略奪をメインとした信玄
そんな信玄ですが、常に戦を仕掛けるようなヒャッハーではありませんでした。むしろ、無暗に戦を仕掛けるのは戦国大名としては三流であり、一流は常に隣国に妨害工作を仕掛け、お金をばら撒いて内部分裂を誘って弱体化させ、あちらから降伏するように仕向けないといけないと述べています。
そして、具体的な妨害工作として、国境に砦を築いて周辺を監視したり、植えたばかりの他国の稲の苗を踏みつけたり、敵地の領民の家を焼き払い、略奪し、そこに砦を築いたりして精神的に相手を弱らせろと指南しています。いずれも地味ですが嫌なやり方ですね。
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戦国大名は鬼にも魔にもなるべし
信玄は、これらの自分の所業が敵国人に激しく憎まれる事を重々承知していました。信玄は、このように書いています。
”人間はただ、自分がしたいことをせず、嫌だと思う事を優先して行うなら身分や立場に応じてその身を全うする事が出来よう。”
これは信玄とて、好き好んで合戦に臨み、人殺しや略奪をしたわけではない事を示しています。しかし、きれいごとを並べても国は豊かにならず領民は飢えに苦しむので、自分一人が人の嫌がる事を全て背負い、鬼にも魔にもなろうという意味でした。
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日本史ライターkawausoの独り言
今回は信玄の格言「弱き主君は害悪なり」の深い意味について考えてみました。信玄は貧しき甲斐の領主として、どうしても外から略奪をしないといけませんでした。だから自国民ファースト、他国の領民がどうなろうと知るか!それはお前達が弱いせいであると開き直ったのです。この恐るべき独善者に立ち向かう為に家康もまた、鬼にも魔にもならないといけなかったのです。
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