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今週もお疲れ様!信長はいつから相撲好き?

04/02/2022


監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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今週もお疲れ 織田信長

 

ほのぼの日本史をご覧の皆さん、今週も一週間お疲れさまでした。今回のお疲れキャラは織田信長です。

 

織田信長と言うと相撲好きのイメージですが、実は相撲が盛んなのは戦国時代は西国に限られ東国ではあまり盛んではありませんでした。信長も鷹狩りや遠乗りは趣味でも相撲は関心の外でした。そんな信長が相撲の面白さに目覚めたのは元亀元年2月、近江の常楽寺に相撲のセミプロを集めた取組からです。小規模ながら、その取組は面白かった模様で以来、信長は度々相撲大会を開催するようになります。

 

特に天正六年の8月の安土での相撲大会では、1500人もの力士を集め、その中の選抜した16人に対し信長は百石の知行と屋敷を与えたそうで褒美も桁違いです。信長は朝から晩まで取り組みを見て飽きなかったそうで大変な集中力である事が分かります。

信長はどうして相撲が好きなのか?

 

本人に聞いた事はないので分かりませんが、逸話を見ていると、必ずしも体が大きく力が強い者が勝つとは限らず一瞬の力士の機転で小兵が巨漢力士を転がすその瞬間が好きだったようです。

 

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カワウソ編集長

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日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
【好きな歴史人物】
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