NHK大河ドラマ「青天を衝け 」ロケ地を紹介

21/02/2021


渋沢栄一

 

2021年のNHk大河ドラマは、幕末から明治、大正、昭和までの激動の時代を駆け抜けた財界人、渋沢栄一(しぶさわえいいち)を主人公にした「青天(せいてん)()け」です。

 

生涯に500の企業を立ち上げ、600もの慈善事業を起こした渋沢は「日本資本主義の父」と呼ばれ、福沢諭吉(ふくざわゆきち)に代わり1万円札の顔になる事が決定しています。NHk大河ドラマと言えば民放では出来ない大掛かりなロケが有名ですが、今回は「青天を衝けのロケ地について紹介します。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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「青天を衝け」クランクイン

 

「青天を衝け」は、2020年の7月下旬にクランクインし、新型コロナウイルス感染症対策を取りながら撮影が進められています。本放送は2021年の2月14日ですから、すでにかなり撮影は進んでいると思われますね。

 

「青天を衝け」撮影

 

渋沢栄一は、幕末から明治、大正、昭和の初期まで91歳で大往生するまで、日本ばかりかフランスにまで渡っています。その為に撮影場所も、埼玉県や群馬県、茨城県、あるいは神奈川県等と広範囲でした。新型コロナが世界で流行しなければ、フランスでも撮影があったかも知れませんね。

 

ガンバレ徳川

 

「青天を衝け」エキストラ深谷

armor(鎧を身にまとう武士)

 

埼玉県深谷市は渋沢栄一の出身地ですが、エキストラの募集はこちらではないようです。しかし、深谷には大河ドラマ放送に合わせて、青天を衝け 深谷大河ドラマ館がオープン。初回放送では、パブリックビューイングを行うそうですよ。

 

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「青天を衝け」エキストラ

 

青天を衝くのエキストラ募集は、茨城県や群馬県、神奈川県相模原で行われましたが、2021年1月20日現在では、エキストラの募集はかかっていないようです。茨城では、2020年の10月の上旬に男女で合計70名ほどを集めて、早朝から軍事訓練である追鳥狩(おいとがり)に出演する水戸藩兵、見物する町人や農民の女性のエキストラが集まったそうです。

 

今後、大々的なエキストラ募集があるかどうかは不明です。

 

青天を衝け ロケ地水戸

大政奉還した徳川慶喜

 

水戸のロケでは、水戸藩の藩校、水戸弘道館(みとこうどうかん)がロケに使用されました。「青天を衝け」では、渋沢栄一だけでなく、栄一を見出した江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)も重要人物であり、弘道館はその慶喜が幼少期に、父である徳川斉昭(とくがわなりあき)から、直接学問の手ほどきを受けるシーンで使用されました。

 

通常、NHkの大河の建物での撮影はセットですが、本物の弘道館で撮影した事で、よりリアルで重厚な映像に仕上がっているようです。

 

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「青天を衝け」ロケ地深谷

関所

 

青天を衝けのロケ地は深谷では、見つかりませんでしたが、深谷市の隣の嵐山町の鎌形(かまがた)神社はロケ地になりました。渋沢栄一は、深谷市血洗島(ちあらいじま)の諏訪神社の獅子舞の愛好者として知られていますが、撮影では、鎌形神社を諏訪神社に見立てて2日間にわたり撮影され、1日目には獅子舞シーンを、2日目には渋沢栄一といとこの喜作、後に栄一の妻となる千代の幼馴染3人の運命が大きく動き出すシーンを撮影してます。

 

「青天を衝け」 ロケ地群馬

 

青天を衝け前半の主要なロケ地は、群馬県の安中(あんなか)市です。ここは、群馬県の南西部にある人口6万人の市で、江戸時代には板鼻(いたはな)、安中、松井田、坂本が中山道の宿場町として栄え、江戸時代には安中藩の城下町でした。

 

また、安中市の中心には、碓氷川(うすいがわ)が流れています。渋沢栄一の故郷である埼玉県深谷市も、幕末の頃には宿場町として栄え、利根川が物流の大動脈として、江戸から情報と物資と人を運んできました。安中市は、江戸時代の宿場町の街並みが残り、碓氷川も利根川に見立てて利用できるので「青天を衝け」では安中市に渋沢家を中心にセットを組み撮影しています。

 

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渋沢栄一ゆかりの地

 

渋沢栄一はロケ地である群馬県ともゆかりがあります。例えば、両毛鉄道会社や、毛武鉄道株式会社、三十九(さんじゅうく)銀行、群馬電気鉄道会社の設立に関わり、社会事業では、佐渡教育界や新田郡教育会にも関係していました。

 

それ以外でも栄一は伊香保温泉や小暮旅館を愛し何度も訪れています。こうしてみると、群馬県が青天をつけの主なロケ地に選ばれたのも、奇妙な因縁を感じますね。

 

「青天を衝け」ロケ地相模原

 

神奈川県相模原市の相模川では、2020年の10月22日に物語序盤の山場になる主演の吉沢亮(よしざわりょう)演じる渋沢栄一と草なぎ(つよし)演じる徳川慶喜が初体面するシーンが撮影されました。

 

撮影のシチュエーションは、街道を馬に乗り走る慶喜と家臣の平岡円四郎(ひらおかえんしろう)の一行を、英一といとこの渋沢喜作(しぶさわきさく)が懸命に追いかけて、栄一が任官の意志や思いを慶喜に伝える重要なシーンでした。吉沢さんと草なぎさんは、本シーンが初共演で、栄一と慶喜の初対面の緊張感と重なっています。

 

三国同盟を潰したあの男

 

 

「青天を衝け」ロケ地茨城

軍議

 

「青天を衝け」のロケでは、茨城フィルムコミッションで2020年9月にエキストラ募集があり、徳川斉昭が軍事訓練、追鳥狩を再現したシーンを、10月の上旬、栃木県の千本松牧場で撮影しました。

 

どうして、茨城なのに栃木かと言うと、斉昭一行が茨城から、栃木まで足をのばしたからなんだそうです。前述したように、エキストラとしては、20代から40代までの男性を40〜50人、20代〜60代の女性20名あまりを集めて、早朝から追鳥狩が撮影されました。参加した方は大変でしたでしょうが、武装した藩兵や徳川斉昭役の竹中直人さんも間近で見られたかも知れませんね。

 

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「青天を衝け」 一言

朝まで三国志2017-77 kawauso

 

ロケの醍醐味は、有名な俳優を近くで見られる点ですよね。それもエキストラに選ばれれば、見物客では入れない場所まで俳優と一緒に移動ですから、ファンならずとも、夢のような時間になりそうです。

 

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俺達尊攘派

 

 

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カワウソ編集長

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