【動画解説】地球最強の戦闘民族「薩摩隼人」|恐るべきメンタルと強さの伝説

13/12/2025

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かして活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなど、地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FMコザやFMうるまでラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアへの掲載、大手ゲーム事業の企画立案・監修、セミナー講師など幅広く活動している。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ、2014年2月にGMOインターネット株式会社を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として、「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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コメントできるようになりました 織田信長

薩摩藩士の猿叫

 

 

日本に実在したリアル戦闘民族「薩摩隼人」。その恐ろしさは、家康を恐怖させ、大英帝国とも互角に渡り合うほどでした。

 

 

 

関ヶ原から幕末まで、最強の伝説

精強な薩摩隼人軍団を率いた島津義久

 

「薩摩隼人」「鬼島津」と呼ばれ、恐れられた薩摩(鹿児島)の兵士たち。その戦闘民族ぶりは歴史の節目で発揮されました。関ヶ原の戦いでは、西軍として敗北したにもかかわらず、「東軍総大将・徳川家康の本陣の横を突っ切るとショートカットできる」という理由で、なんと敵中突破を敢行。本陣直前でカーブして撤退しましたが、これにはさすがの家康も肝を冷やしたといいます。

 

  • 関ヶ原の戦いでは、敵の大将である家康の本陣近くを突破して退却しました(島津の退き口)。
  • 幕末には、大名行列を横切った外国人を切り捨てる「生麦事件」を起こしました。
  • これに対しイギリスが賠償金と犯人の引き渡しを要求しましたが、「犯人は逃げた。金が欲しいなら腕ずくで来い」と拒否しました。

 

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激動の幕末維新を分かりやすく解説「はじめての幕末はじめての幕末

 

 

大英帝国と戦争し、新選組も恐れた強さ

薩摩藩がイギリス人を切っているシーン(武士)生麦事件

 

生麦事件の翌年、薩摩藩は幕府に無断で、当時世界最強だった大英帝国と戦争(薩英戦争)に突入します。イギリス艦隊の攻撃で鹿児島城下は灰になりましたが、薩摩側も反撃し、敵の艦長と副艦長を戦死させ、事実上の引き分けに持ち込みました。また、薩摩藩士は一撃必殺の剣術「薬丸自顕流」の達人揃いで、あの新選組局長・近藤勇でさえ、隊士たちに「薩摩藩士との斬り合いは避けろ」と命じたほどでした。

 

  • 薩英戦争では、世界最強のイギリス艦隊相手に、艦長を戦死させるほどの反撃を見せました。
  • 戊辰戦争(会津戦争)では、薩摩藩士に斬られた敵兵は顔面が真っ二つになり、見分けがつかないほどだったといいます。
  • そんな鬼のように強い薩摩隼人ですが、実は弱者にはとても優しく、いじめが大嫌いという一面もありました。

 

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島津斉彬

 

 

【まとめ】弱者に優しく強者に強い「ナイスガイ」

 

家康を震え上がらせ、イギリス軍と渡り合い、新選組に恐れられた薩摩隼人。その戦闘力はまさに「地球最強」と呼ぶにふさわしいものでしたが、その一方で弱きを助ける優しさも持ち合わせた、真の武人たちだったのです。

 

 

Q&A:よくある質問

Schipperke(スキッパーキの子犬)はてなver

 

Q. 薩摩藩士が使っていた剣術は何ですか?

薩摩藩士の猿叫

 

A. 「薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)」です。初太刀(一撃目)にすべてを懸ける強烈な剣術で、新選組も恐れるほどの威力を持っていました。

 

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Q. イギリスとの戦争の結果はどうなりましたか?

Cannon(大砲)

 

A. 鹿児島城下は焼かれ大きな被害を受けましたが、薩摩側もイギリス艦隊に砲撃を命中させ、艦長らを戦死させるなど大損害を与えました。結果として、世界最強のイギリス相手に事実上の引き分けに持ち込みました。

 

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