幕末

猿叫とは?薩摩藩士の魂の叫びに新選組も警戒した薬丸自顕流

takamori-saigou-chest(西郷隆盛のチェスト)

 

猿叫(えんきょう)とは、鹿児島に伝わる剣術、薬丸自顕流(やくまるじけんりゅう)において、剣の打ち込みをする時にする絶叫です。よく、チェストーと混同されますが、掛け声ではなく絶叫なので(にわとり)が鳴くような高い叫び声を出すのが特徴です。

 

少年漫画でも、「るろうに剣心」や、「ゴールデンカムイ」の鯉登少尉(こいとしょうい)が示顕流の使い手として絶叫を響かせていて、再び注目を集めています。しかし、そもそも何で薬丸示顕流では、あんな叫び声を出すのでしょうか?

 

猿叫の理由とは?

hanjiro-nakamura(桐野利秋(中村半次郎)

 

人間は力を出す時には、呼吸を吐いて止めた方が吸って止めるよりも強い力が出せる特徴があります。空手でも、ハッ!という掛け声と同時に息を吐いて拳を突き出します。

 

薬丸示顕流もそれと同じで、刃を振り下ろすタイミングで息を吐いて止め、その時にキエエエエエーーーという叫びになると考えられます。つまり、近くでキエエエエーーー!と聞こえたら、もうお前目掛けて刀を振り下ろしているから気をつけろよという事ですが、その段階だともう遅いですね。

 

薬丸自顕流の稽古がクレイジー

Satsuma-Domain(薩摩藩士の猿叫)

 

猿叫という独特の絶叫からして、すでにヤバイ雰囲気を醸し出している薬丸示顕流ですが、その稽古もやはり独特です。

 

薬丸示顕流の稽古は八相(はっそう)の構えより、剣を天に向かって突き上げて腰を低く落とした示現流とは異なる「蜻蛉(とんぼ)を取る」の基本姿勢で、横木に気合を込めて太刀を振り下ろすというものです。

 

 

この時にも、キエエエエエエエエ!!という猿叫が出ますが、示顕流の稽古はこの横木打ちの反覆なのです。

 

nariakira-simazu(島津斉彬)

 

江戸時代の使い手には、この横木を打つだけの稽古を一日数千回も繰り返す強者がいたそうですが、狂ったように横木を木刀で叩き猿叫を挙げる稽古は、知らない人には全く常軌を逸したクレイジーな行為に見え、江戸暮らしが長かった幕末四賢侯の1人、島津斉彬は「狂人の剣術」と呼んで侮ったと言われています。

 

現在でも、その猿叫を気味悪がった近所の人の苦情で、示顕流練習場が市街地から郊外の自衛隊訓練場に移ったケースもあるとWikipediaには書いてあります。

 

激動の幕末維新を分かりやすく解説「はじめての幕末はじめての幕末

 

敵を斬り倒すまで永久運動

shinsengumi(新選組)

 

もう一つ、薬丸示顕流の凄さは、一度抜刀したら目の前の相手を斬り伏せるか、自分が斬られて絶命するまで、刀を振り下ろすのを止めないという永久運動です。

 

薬丸示顕流では、「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」と教えられるので、全てのエネルギーを刀の先に集中するような戦い方をします。

 

つまり、敵を見つけたら全速力で走り出し、野太刀に運動エネルギーを集中させて強い踏み込みと同時にキエエエエエエーーー!!と叫び、釣り竿を投げるように渾身の力で敵を斬り倒します。

 

この場合、余程の手練れでない限り、初太刀を受ける事は出来ず、刀を折られて真っ二つに斬り裂かれるか、自分の刀や鍔が頭にめり込んで死ぬか、いずれかの運命しかなく、

 

isami-kondou-shinsengumi(近藤勇-新選組局長)

 

新選組局長、近藤勇(こんどういさみ)は示顕流の使い手に出会ったら「初太刀を避けよ」と隊士にはアドバイスしていました。また、西南戦争では、示顕流の初太刀を小銃で受けた新政府軍の兵士が、小銃ごと頭蓋骨を割られて死ぬという事例もあったそうです。

 

疲れ知らずで死ぬまで打ち込みを止めない薩摩藩士のキエエエエーーー!は、敵対するサムライや兵士に取って大きな脅威だった事でしょう。

 

薩摩の元勲が学んだ薬丸示顕流

 

薬丸示顕流は幕末の薬丸兼義(やくまるかねよし)の頃に、示現流から独立した師範家として正式に認められ、主として薩摩の下級武士に多くの門下生を持ちました。

 

その理由としては、示現流のように深く難解な精神性を持たず、ただ一撃必殺の技を突き詰める事を教えるので、深く学問する余暇がない下級武士の受けが良かった事。

 

他には、「泣こかい、飛ぼかい、泣こよか、ひっ飛べ」という薩摩の囃子言葉にもあるように、悩まずに勇気を持ってやってみろという精神風土に、失敗したらオシマイという一撃必殺の薬丸示顕流はマッチしたのかも知れません。

 

実際に薬丸自顕流の使い手には歴史に名を残した偉人が多く、大老井伊直弼(いいなおすけ)を斬殺した有村次左衛門(ありむらじざえもん)や、東征軍参謀、伊地知正治(いじちまさはる)、鹿児島県令大山綱良(おおやまつなよし)、西郷の懐刀、桐野利秋(きりのとしあき)西郷従道(さいごうつぐみち)東郷平八郎(とうごうへいはちろう)等々、錚々(そうそう)たる面々が名前を連ねています。

 

猿叫はやってやるぜの魂の絶叫

kawauso-kirin(kawauso氏の麒麟がきた)

 

薬丸自顕流の使い手には、非常な勇気の持ち主が多く、泣こかい、飛ぼかい、泣こよか、ひっ飛べ精神で、時代の閉塞感に風穴を空けた人々と言えるのかも知れません。

 

kawausoは、向上心の一番の敵は、このままでいいかなという自分の臆病さだと思います。人間は誰でも成功したいですが、同時に失敗して何かを失う事を恐れます。

 

心理学による実験でも、コイントスで表が出たら150ドル手に入り、裏が出たら100ドル支払うという条件を提示されると、ほとんどの人はこの挑戦を断るそうです。

 

これは、プロスペクト理論と言い、大きな儲けがあっても損失を蒙る可能性があるなら、人は挑戦を拒否するという心理に基づいています。それは時代を問わず、どんな人でもそうだと思いますが、薬丸示顕流の使い手は、やってみないと分らんぜの精神で、猿叫と共に不可能に思える事にも挑戦し続けたのでしょう。

 

猿叫とは、ハングリーな薩摩下級武士の魂の叫びだったのです。

 

日本史ライターkawausoの独り言

kawauso

 

今回は猿叫について解説してみました。

 

猿叫は、薬丸示顕流という一撃必殺の剣術の中で生まれた気合の一言であり、激しい稽古で自信を強めた薩摩藩士が、泣こかい、飛ぼかい、泣こよか、ひっ飛べという精神で、当たって砕けろとばかりに突き進む、魂の叫びだったのです。

 

敵視点に立つと、ただただ怖い猿叫ですが、その背景を考えると希望に満ちた前向きな叫びになるんですね、キエエエエエエーーー!!

 

薬丸自顕流剣術 Youtube動画

 

 

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