この記事で以下がズバリ分かります
・信長と清康の共通点
・決定的に違ったもの
・なぜ清康は消え、信長は残ったのか
・歴史は本当に実力主義なのか?
織田信長。
戦国時代最大の革命児。
では、その20年前に
同じことをやっていた男がいた
としたらどうします?
存在しました。
その名は松平清康。
徳川家康のじいちゃんです。
18歳で三河統一。
尾張侵攻。
一万の軍勢。
信長と似すぎていませんか?
しかし歴史に残ったのは信長。
清康は25歳で暗殺されます。
似ている2人の命運は
どうして別れたのでしょうか?
この記事の目次
共通点① 若すぎる覇者
| 松平清康 | 織田信長 | |
| 家督相続 | 12歳 | 17歳 |
| 領国統一 | 18歳(三河) | 30代(尾張統一) |
| 革新性 | 城下町整備・行政再編 | 楽市楽座・兵農分離 |
信長も清康も
若年で家督を継ぎ、急速に勢力拡大しました。
だから内部反発が強い。
どちらも長く続く家なので古参の重臣がいます。
こいつらから見ると、自分たちを頼らずに
ドシドシ前に進む若い主君は煙たい
若すぎる成功者は、必ず敵を作ります。
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共通点② 旧勢力を容赦なく削る
清康は18存在する一門衆を従属させ、三河国人を制圧。
信長は尾張の守護代勢力を排除してゲコクジョー!
どちらも
「身内に甘い」ということがない。
これが革命児の条件です。
旧来の勢力とも仲良くやるという選択肢だと
滅亡もしないけど、天下も取れない
覇者は振り切るのが上手とkawausoは思います。
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共通点③部下に殺された
信長は重臣明智光秀の奇襲で討死に
清康も部下の阿部弥七郎に
背後から斬り殺されました。
光秀にしても弥七郎にしても憶測はあるものの
どうして主君を討ったのか?
動機については不明な部分が多いのも共通
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決定的な違い① 生き延びたかどうか
清康:25歳で暗殺(森山崩れ)
信長:49歳まで生存(本能寺まで拡大)
歴史は、生き延びた者に書かれます。
途中で脱落すると何も残らない
清康は能力が足りなかったのではない。
「時間」が足りなかったのです。
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決定的な違い② 外交ネットワーク
信長は
・徳川家康と同盟
・浅井と婚姻
・朝廷との関係構築
多層的な外交チャンネルを持ちました。
若い頃から奥州の伊達や北陸の上杉
中国の毛利とも書状をやり取りする
信長は視野が広い
一方清康は、
三河内部掌握に全力。
外部との同盟は限定的。
急成長の代償として、
内部反発を吸収しきれなかった。
当然、25歳の若さで死んだからとも
考えられますね。
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決定的な違い③ 情報と恐怖の使い方
信長は
“恐怖”を政治に利用した。
比叡山焼き討ち。
長島一向一揆の女子供までの虐殺
「逆らえば滅ぶ」という印象を徹底。
清康は
慈悲深く、公平であったと伝わる。
それは美徳。
しかし戦国では、
優しさは必ずしも武器にならない。
清康にも犬猿の仲はいたそうですが、
恐怖とはそういう事ではない
個人の好き嫌いを超えて
地雷を踏んだら処断するのが
恐怖の使い道
清康は個人としては慈悲深くても
恐怖を操るノウハウがなかった。
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もし清康が40歳まで生きていたら?
想像してみましょう。
三河統一を完成。
尾張併合。
美濃と連携。
その場合、
信長は“地方豪族の一人”で終わっていた可能性が高い。
つまり――
信長は
清康が消えたことで生まれた存在。
逆に言えば三河の清康が果たせなかった事を
尾張で果たした存在。
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革命児とは何か?
信長は「革命を完成させた男」。
清康は「革命の可能性だった男」。
歴史は、完成した側を覚える。
しかし可能性のほうが、
実は大きかった場合もあるのでは
とkawausoは思います。
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清康の生存フラグは?
松平清康を殺した阿部弥七郎は
父が織田信秀に内通していると清康に疑われ
成敗されると恐れていました。
清康が弥七郎に直接、疑いはないと
説明していれば背後から斬られる
無念の最後は無かったでしょう。
清康の悲運は今の組織でもありがちの
報連相の不足だったのです。
これは、刺さる人には刺さる話
kawausoの独り言
松平清康と織田信長は
・若き統一者
・急進的改革者
・内部反発を生む存在
ただ一つ違ったのは、
生存時間。
信長は革命をやり切った。
清康は革命の途中で消えた。
だから私たちは信長を知り、
清康を忘れている。
長く生きるのは
天下統一には必須の能力
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