徳川慶喜の助命が新政府軍に通らなかった場合の措置として勝海舟は慶喜を甲鉄艦ストーンウォールでイギリスに逃がすつもりだったようです。
ストーンウォールの提督キッペルとも話をつけ、イギリス公使のハリー・パークスとも打ち合わせ。いざ慶喜切腹という時は、2人で黒い法衣を来て慶喜をイギリスに亡命させる手筈だったそうです。幸いにして慶喜は助命されましたが、もし、亡命していたら徳川歴代将軍で唯一亡命し海外に渡った将軍という肩書が増えていたでしょうね。面白いのは幕府と友好的だったフランスじゃなくてイギリスという点ですがイギリスは立憲君主国なのでアリエナイ話ではないですね。
参考文献:海舟座談