蛇行剣とは古墳時代の日本の遺跡から出土する剣身が蛇のようにまがりくねった剣です。日本ではこれまでに85本が出土し、一番長いモノで80㎝でしたが、2023年1月に奈良県富雄丸山古墳の発掘調査で、これまでを大きく上回る全長237㎝の蛇行剣が出土し、まるで鬼滅の刃に出てくる剣のようだとして、海外でも話題になりました。
この記事の目次
蛇行剣とはどういう意味?
蛇行剣は古墳時代の日本の鉄剣の1つで文字通り剣身が蛇のように曲がりくねっています。古墳や地下式横穴墓群などから出土し九州発祥の鉄剣と考えられています。5世紀に入ると九州だけではなく近畿の古墳からも出土します。
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蛇行剣が奈良県から出土
2023年1月、奈良県富雄丸山古墳から全長237㎝、刃の部分の長さが216㎝、幅が6㎝の国内最大の大きさの蛇行剣が出土しました。それまでで一番長い蛇行剣で80㎝ですから、2.5倍という異例の長剣です。蛇行剣はこれまでに85の出土例が確認されていますが、これらは全て古墳時代中期(4世紀末)以降の古墳からの出土です。一方で富雄丸古墳は古墳時代の前期末まで遡り、当時の日本の製鉄技術の高さを窺わせる発見となりました。
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蛇行剣と中国の武器との関係は?
蛇行剣については、その形状から中国の長柄武器である蛇矛との関連性が指摘されますが、蛇矛は蛇行剣よりもはるかに後世の武器であり、また蛇行剣は実用の武器ではなく儀式用の祭具と考えられているので、関連性は低いと考えられます。
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蛇行剣の使い手は誰?
蛇行剣は儀式用の祭器なので使い手はいません。儀式の時にシャーマンが手にして踊ったり、古墳の埋葬者が身に着けて威容を周囲に見せつけたという事はあるでしょうが、戦いに使われていないので使い手はいないと考えた方がいいでしょう。
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蛇行剣の最古はいつのもの?
最古の蛇行剣は、2023年に1月に奈良県富雄丸山古墳から発見された蛇行剣です。こちらの蛇行剣は4世紀前半の古墳と考えられ、蛇行剣が出土し始める4世紀後半よりも古く、現在最古の蛇行剣となっています。富雄丸山古墳の蛇行剣は最古なだけではなく長くても80㎝程度の蛇行剣に対し、全長237㎝と2.5倍の長さがあり、蛇行剣の歴史を塗り替えたとして大きな話題になりました。
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蛇剣とは何?
蛇剣とは、中国武術における武器で刃の部分が蛇のようにうねっているのが特徴です。現在では演武にだけ使用され、実際に刃はついていません。蛇剣の刃がうねっているのは相手を斬りつけた時に傷口が蛇行すると、真っすぐな場合より縫うのが難しくなるからです。
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古墳には何故はにわが入っているのか?
古墳に埴輪が入っているのは、埋葬された人物の霊を慰め、怒りを鎮める目的です。古墳時代の日本には、まだ仏教もキリスト教も伝来してなく、死者の魂が天国に行くとか地獄に落ちるという概念はありませんでした。しかし、死んだ人間の魂はその場所に留まり、場合によっては生者に禍を為すという考え方はあったので、死者を慰め怒らせないように埴輪を置いていたのです。
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古墳から出土するものは?
古墳には埋葬者が所有していた宝や武具が一緒に葬られました。そのため、古墳からは古代の金銅製の冠やイヤリング、金属製の刀や鉄刀、鉄矛、銅鈴、鉄の斧やメッキを施した馬具、玉類の宝石や須恵器、埴輪が出土してきます。
蛇行剣と海外の反応
奈良県富雄丸山古墳から出土した蛇行剣のニュースについては、その巨大さから世界的な話題となり、オーストラリアの考古学者もSNSで取り上げ、まるで「鬼滅の刃」の刀のようだと大興奮し木棺についての話題では禰豆子の絵柄を出して棺の中にはおそらく「鬼滅の刃」の「柱」が眠っていると大人気アニメに例えてtweetしていました。
巨大な剣は鬼滅の刃に限らず、FFシリーズなどではよくある主人公の武器であり、海外の人にとっても既視感があるテーマだったのかも知れません。
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三種の神器をなぜ見てはいけない?
三種の神器は、剣、勾玉、鏡の三種類であり、これらは大昔、古墳に必ず収められた権力のシンボルでした。しかし、大和朝廷により日本が統一されるに従い、三種の神器は天皇だけが保有するようになったのです。そんな三種の神器は箱に入れられ布に包まれ、見てはいけないとされています。例えば壇ノ浦の戦いの後、三種の神器を見ようとした武士が、急に立ち眩みがして鼻血を吹いたと言う話や、神器の箱を開けると白い煙が出てきて中が見えなくなったという話があります。
もちろん、これらは三種の神器を見てはならないという戒めから出てきた作り話ですが、では、どうして三種の神器を見てはいけないのかというと、実際に見てしまえば、それは道具であり敬意が薄れ、霊性が消滅するからです。そこにあるけど、中身を見てはいけないからこそ、三種の神器は神秘性を保ち、現在まで皇室の遺産として存在感を保っているのです。
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草薙神剣の読み方は?
草薙神剣は、くさなぎのかみのつるぎと読み別名を天叢雲剣とも言います。三種の神器の一つであり、日本神話の英雄である須佐之男命が出雲国で人を喰らうヤマタノオロチを退治した時にオロチの体内から草薙神剣が出てきたと言われています。そのため、ヤマタノオロチの剣と呼ばれる事もあります。
どうして、オロチを退治した後に体内から剣が出てくるのか?これは当時の出雲が砂鉄から鉄製品を製造するたたら製鉄の産地である事が関係していると言われています。ヤマタノオロチの正体は、当時出雲国の人々を苦しめた暴れ川であり須佐之男命に由来する権力者が治水工事で功績を挙げ、それにより死者が出なくなったので人々が草薙神剣を捧げて、出雲の統治者になる事を希望したという事なのかもしれません。
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日本史ライターkawausoの独り言
今回は蛇行剣について解説しました。237㎝とは当時の世界でも類がない長剣で、まさに大蛇を退治する勇者の武器のようにも見えます。しかし、現実的に考えてこの長さの剣を自在に振れる人間はいない事から蛇行剣は実際には祭具であったのでしょう。
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