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今週もお疲れ様!親切な信長さんの逸話

19/11/2021


監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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今週もお疲れ 織田信長

 

ほのぼの日本史をご覧の皆さん。今週も1週間お疲れ様でした。今回のお疲れキャラは織田信長です。

 

石山合戦 織田信長、本願寺顕如

 

比叡山焼き討ちなど非情な一面や使えない部下は容赦なく処断する信長ですが、一方で、非常に親切な面もありました。公家の権大納言山科言継が岐阜城で信長と面会した時の事、気まぐれな信長は、言継との面会を早めたり遅らせたりして、言継はイライラさせられますが、ようやく麓の屋敷で会えた信長は非常にフレンドリーでした。

 

tokugawa-oda(織田信長と徳川家康)

 

今回、言継が岐阜に来たのは三河の徳川家康に後奈良天皇十三回忌法要の資金200貫を無心する為ですが途中、将軍足利義昭を奉じて飛ぶ鳥を落とす勢いの織田信長にあいさつに来ていたのです。言継は信長とは初対面ではなく、これまでも何度も立ち話をして親しい関係でした。

 

信長は63歳の老公家が遥々三河まで旅をすると聞き、大変に驚き、かつ同情し「わざわざ三河まで出向かれずともよい他に御用がないのであれば岐阜に逗留されればよい家康は駿河まで来ているだろうから私が使者を出して家康から200貫を調達しよう」この言葉に山科言継が喜んだのはもちろんですが信長は接待役の武井夕庵にこう言っていました。

 

(もし、家康からの調達が不首尾なら200貫までならワシが出してもよいから準備するように)結局、家康が50貫、信長は150貫を献金しおまけに200貫は信長の家来が京都まで運んでくれるという至れり尽くせりのサービスでした。

 

山科言継は信長に酒代として50貫を献上していましたが、結果として4倍のお金が帰って来たのです。信長が桁外れに気前がよく良い人であった事が分る話です。

 

文:かわぽん

参考文献:信長の親衛隊  戦国覇者の多彩な人材

 

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織田信長スペシャル

 

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カワウソ編集長

カワウソ編集長

日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
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