踊り念仏や遊行を行ったとして名を馳せた、鎌倉時代の僧侶・一遍ですが、元々は河野水軍という武家の生れでした。
伊予国(愛媛県)の有力な豪族でもあった「河野通信(カワノミチノブ)」の孫にあたるのです。通信は、平安末期の源平合戦において、源氏方に味方し、活躍した武将でした。今回は、一遍の出自について探っていきたいと思います。どうぞご一読ください。
(※ちなみに、平安・鎌倉時代においては、「河野」は「カワノ」との発音だった可能性が高いと言われています。
戦国末期の河野本家の滅亡後、江戸時代に入ってから徐々に「カワノ」が「コウノ」へと変化したとも、あるいは、明治時代に入って、多くの庶民が名字を持つようになってから、「コウノ」と呼ばれるようになったとも、諸説あるようです。これは、「神戸」の読み方が「カンベ」から「コウベ」へと変化したと言われているのと似ているかもしれません。)
一遍の祖父「通信」について、鎌倉幕府成立にも貢献した水軍の将
まず、一遍の祖父の「通信(ミチノブ)」について説明していきます。通信は、平安末期の源平合戦でも活躍した武将です。源氏方に味方し、源頼朝の鎌倉幕府成立に助力したと言われています。
その後、奥州藤原氏と源義経を討伐する名目で勃発した「奥州合戦」(1189年)では、鎌倉幕府方に従軍しました。その際、陣中での食事では、通信が、土器を頻繁に使い、周囲を驚かせたという逸話も残っています。
奥州合戦で幕府方が勝利すると、通信は、伊予国(愛媛県)の多くの有力御家人を統率する立場となったのです。これにより、通信の地位も河野水軍の地位も、盤石になったように思えました。しかし、その奥州合戦から約三十年後に起きた動乱により、通信と河野水軍に危機が訪れるのです。
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承久の乱で危機一髪だった河野水軍
それは、鎌倉幕府と京都の朝廷が争った「承久の乱(1221年)」でした。通信は、朝廷側、つまり「後鳥羽上皇」方に味方したのですが、朝廷側が敗軍になったため、東北の平泉へと配流となったのです。その翌年、その地で死去したと伝わっています。享年68歳でした。
河野水軍を統率する当主が、その地位も領土も失ったのです。ただ、先の承久の乱において、河野一族のほとんどが、後鳥羽上皇方についたのですが、通信の息子の中で、「河野通久(カワノミチヒサ)」は、鎌倉幕府方に味方したのです。
これは、通久の母が、「北条時政」(鎌倉幕府の初代執権)の娘だったためでした。実は、鎌倉幕府成立直後の頃、河野通信は、北条時政の娘の一人を、自分の妻として迎えていたのです。その妻との間にできた子が、通久でした。通久自身も、北条一族の血を引いていたことになり、幕府方に味方したという経緯がありました。そのおかげで、河野一族は、伊予国内での所領を、かろうじて守ることになったということです。
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一遍の父もお坊さん!
そして、その通久の弟で、「河野通広(カワノミチヒロ)」がいました。これが、一遍の父親です。
通広は、承久の乱が勃発した当時は、浄土宗の僧侶として出家していたそうです(「如仏」と名乗っていました)。そのため、幕府方にも上皇方にも着くことがなかったので、幕府から咎めも受けることなく生き延びることができました。
一説では、その後、一時的に還俗して所領も持っていたとも言われています。しかし、「半僧半俗」として生活し、妻帯することも許される大乗仏教の宗派だったので、妻も持ち、子供を授かることもできたようです。結果、一遍が生まれたのです。幼名は「松寿丸(ショウジュマル)」と伝わっています。
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おわりに
ちなみに、一説では、その一遍の母親というのは、「大江季光(スエミツ)」の娘だったとも伝わっているようです。
季光は、鎌倉幕府の重臣だった「大江広元」の息子でした。広元は、源頼朝の側近として重用された人物でした。
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季光は、承久の乱では、幕府方の勝利に貢献し、その恩賞として、安芸の国(現在の広島県)を所領とし、その地に移り、「毛利」と名乗ったのです。
後の戦国時代に登場する、「毛利元就」の祖先にあたります。以来、河野一族と毛利一族とは縁戚となり、良好な関係は戦国末期まで続いたようです。さらに、毛利元就の幼名は「松寿丸」でしたので、一遍の幼名と同じということです。強い因縁を感じますね。
【了】
【主要参考】
・『一遍語録を読む』(金井清光・梅谷繁樹 共著)法蔵館文庫
・『日本人のこころの言葉 一遍』(今井 雅晴 著)創元社
・『踊念仏の現象学的研究に向けて』(宮 嶋 俊 一 著)
・『一遍上人語録』(大橋俊雄 校注)岩波書店
・『吾妻鏡』
・『平家物語』
など