鎌倉時代の夢の知らせはどんな意味を持っていたの?【鎌倉殿の13人】

11/03/2022


政治に関心がない斎藤龍興

 

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」こちらのドラマを注意深く見ていると、あちこちに夢のお告げというキーワードが出てきます。

 

後白河天皇が毎晩夢に登場しうんざりする源頼朝

 

頼朝(よりとも)は頻繁に後白河法皇(ご・しらかわほうおう)生霊(いきりょう)(ゆめ)(うつつ)の間に目撃しますし、八重姫(やえひめ)北条政子(ほうじょうのまさこ)夢枕(ゆめまくら)に逃亡中の頼朝が立ったと言い合い、最初にどちらの夢枕に頼朝が立ったかで女同士、意地の張り合いをしていました。

 

後白河法皇 天皇

 

実際、平安末から鎌倉にかけての夢とは現在の荒唐無稽な夢とは意味合いが大きく異なり、人々は夢のお告げを本気にしていたというのです。

 

 

 

夢を本気で信じていた平安の人々

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

現在では夢で宝くじが当たったからと言って本当に宝くじを買う人はあまりいません。

 

また、夢の中で人殺しをしたからって、俺は人を殺すかも知れないと本気で怯える人はいないでしょう。むしろ、宝くじがあたる夢や殺人の夢にどんな意味があるのか深層心理の解説サイトを検索して確かめたいと思うかも知れません。

 

兵士(庶民・村人)

 

しかし、平安末から鎌倉時代の人々は夢を荒唐無稽(こうとうむけい)なでたらめや精神状態の反映とは考えず、やがて現実になるものと信じて恐れていたようです。例えば鎌倉時代初期の僧侶、明恵上人(みょうえしょうにん)は、19歳の頃から晩年の58歳まで40年もの間、自分が見た夢を紙に記録し続け、それは夢記というタイトルで現在まで伝わっています。

 

西遊記はどうやって出来たの?三蔵法師編

 

明恵上人は、夢には必ず意味があり、自分の人生に影響を及ぼすと強く信じていて、どんなに荒唐無稽な夢でも、バカバカしいと一笑に付さずに記録をつけていました。

 

日本史 小判(お金)

 

日本全国に流布する「夢買い長者」という昔話では、佐渡のお寺で白い花をつける木の下を掘ると小判が入った壺が出てくる夢を見た年寄の農民から若い農民が夢を買い取り、すぐに佐渡に渡って寺男になり、辛抱の末に木の下に埋まった小判を掘り当て長者になった話が伝えられています。

 

平安の人々は夢が現実になると信じていたのです。

 

関連記事:なぜ春秋戦国時代には武士が登場しなかったのか?その意外な理由

関連記事:意外!平安京は未完成で終った残念な首都だった

 

はじめての平安時代

 

 

 

夢は聖なる世界と異世界を繋ぐ回路

 

平安時代の夢には2つの意味がありました。1つは聖なる世界への入口で、もう1つはこの世界と平行に存在する異世界への入口です。

 

聖なる世界とは仏や神の世界で、豊臣秀吉の伝記には、秀吉の母のなかが、夢の中で太陽を飲み込む夢を見て懐妊し生まれたのが秀吉で、ゆえに日吉丸とつけたという話があります。

 

鎌倉仏像(仏教)

 

また、お釈迦様(しゃかさま)の母である摩耶夫人(まやふじん)はお腹の中に(ぞう)が入る夢を見てお釈迦様を懐妊しました。そして月が満ちてお釈迦様は摩耶夫人の(わき)の下から生まれるのですが、象がお腹の中に入る夢より、腋の下から子供が生まれる方が衝撃的だと思いませんか?

 

飛頭蛮

 

 

また、異世界とは鬼や妖怪がうごめく異形の世界を意味していました。聖なる世界と俗世と異界は、夢を回路として通じていると考えられていたわけです。

 

関連記事:衝撃!宋銭の価値って?鎌倉の大仏になった宋銭

関連記事:日本刀はどこがどう凄いの?【はじ三ヒストリア】

 

歴史ヒストリア

 

 

眠る事で夢のお告げを聞こうとした人々

五重塔(仏塔)仏教

 

夢が現実の延長線にあった平安時代、人々は物詣(ものまいり)と言い観音(かんのん)(まつ)霊場(れいじょう)頻繁(ひんぱん)参詣(さんけい)しました。しかし、ここからが変わっていて、人々はお参りを済ませると帰るのではなく、御堂(おどう)の周囲に(むしろ)や畳、几帳(きちょう)を広げてそのまま寝てしまうのです。

 

水月観音像(仏像)

 

観音のお告げは夢を通して与えられると考えられていたので、人々は積極的に寝て素晴らしい夢のお告げを得ようと考えたのでした。また、当時は忙しくて観音堂に参詣できない人に代り、夢を見てくれる夢見法師(ゆめみほうし)という職業があり、また夢見法師の見た夢を陰陽師が解読して客に伝える商売もありました。

 

さらには、客が見た悪夢を買い取り悪い事が起きないようにする商売もあったそうです。実体がない夢を売買する事自体、当時の人々がいかに夢を信じ、恐れていたかを裏付ける証拠と言えるでしょうね。

 

関連記事:延暦寺や興福寺だけじゃない日本全国ヒャッハー僧兵を紹介

関連記事:陰陽師はどんな仕事?公務員から呪術廻戦に転換!政治を操った奇妙な人々

 

はじめての鎌倉時代

 

 

北条政子が買った夢

北条政子 女性

 

さて、鎌倉殿の13人にも登場する北条政子にも夢にまつわる話があります。ある時、北条政子の妹が高い山に登り着物のたもとに月と日を入れ3つの(たちばな)の実のついた枝を頭の上に置いている夢を見ます。

 

妹の夢を購入する北条政子

 

妹が夢から覚めて、政子に奇妙な夢の話をすると政子は「そんな尊い夢は逆に凶で災難を知らせる夢」だと答えました。

 

北条政子とラブラブな源頼朝 鎌倉 女性

 

うろたえた妹が、どうすればいいだろうと政子に言うと「あわてる事はない。凶夢は人に売れば禍を防ぐ事が出来る。なんなら私が買ってあげようか?」と言い、妹が前から欲しがっていた鏡を与え夢を買いました。

 

北条政子による「承久の乱」の名演説

 

もちろん、その夢は吉夢であり、やがて政子は頼朝に見初められ鎌倉幕府の尼将軍として北条家を繁栄に導くのです。

 

関連記事:北条政子とはどんな人?鎌倉幕府のゴッドマザーは嫉妬深い女だった?【鎌倉殿の13人】

関連記事:鎌倉時代の結婚はどんなものだったの?嫁入り婚のルーツは坂東武者【鎌倉殿の13人】

 

ほのぼの日本史

 

源頼朝

 

 

日本史ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

いかがだったでしょうか?

 

平安時代末、夢は荒唐無稽なでたらめではなく、現実に起こる出来事の予兆と考えられ、その威力は絶大なものがありました。大河ドラマの中で頼朝が後白河法皇の生霊を見て、その後、後白河法皇の院宣(いんぜん)を手に入れこれは本物だと信じて挙兵したエピソードは夢にすがったのではなく、当時の感覚では勇気百倍の出来事だったのです。

 

こう考えると、鎌倉殿の13人も少し変わった角度から見る事が可能ですね。

 

関連記事:源頼朝の性格は大河ドラマと同じ?違う?比較してみたよ【鎌倉殿の13人】

関連記事:平清盛とはどんな人?八方美人はなんで独裁者に変貌した?【鎌倉殿の13人】

 

北条義時

 

 

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
カワウソ編集長

カワウソ編集長

日本史というと中国史や世界史よりチマチマして敵味方が激しく入れ替わるのでとっつきにくいですが、どうしてそうなったか?ポイントをつかむと驚くほどにスイスイと内容が入ってきます、そんなポイントを皆さんにお伝えしますね。日本史を勉強すると、今の政治まで見えてきますよ。
【好きな歴史人物】
勝海舟、西郷隆盛、織田信長

-鎌倉時代
-