長狭常伴と聞いて「ああ、あの人ね…」とすぐに分かる人はよほど鎌倉時代に詳しい人でしょう。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、このマイナーな長狭常伴も登場します。
史実では安房の豪族で上総氏とも仲が良かった長狭氏ですが、大河ドラマでは間男に間違われるトホホな登場になってしまいました。今回は、長狭常伴について解説していきましょう。
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安房における平家勢力だった長狭氏
長狭氏は安房長狭郡の大半を支配していた武士団で平氏に属し、同郡進出を目論む相模国三浦郡の三浦氏と対立関係にありました。延慶本平家物語では、長寛元年(1163年)三浦氏一族の杉本義宗が長狭領に攻め入ったとされています。
逆に隣国の上総国の夷隅地方を支配していた上総氏とは仲がよく、源氏とは一線を画して支配を続けています。そして、平治の乱で源義朝が討ち取られると、長狭氏は平家に接近し一段と勢力を強める事になりました。
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宿敵、三浦一族と戦い討ち死にする
治承4年(1180年)石橋山の戦いに敗れた源頼朝は、安房に渡海して各地の武士団に号令し味方を集めていました。9月3日、頼朝は上総国の上総広常の元へ出発、その夜は途中にある民家に宿泊する事になります。
これを知った常伴は宿所襲撃を計画しますが、事前に三浦義澄にバレてしまい、貝渚の一戦場という土地で待ち伏せされ討たれました。
頼朝は常伴のような謀反人を警戒して安西景益の勧めもあって上総行きを中止し、代理として和田義盛を派遣し安西氏の屋敷に移ります。
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長狭氏の敗北で安房豪族は頼朝に味方する
翌月には常伴の外甥、上総の伊北常仲が頼朝の支配下にあった千葉氏に討たれ、翌年には鶴岡若宮上棟式の時、常伴の郎党だった左中太常澄が報復のために頼朝襲撃未遂事件を起こしています。
安房武士団は長狭氏が敗北すると積極的に頼朝の陣営に参加していることから、長狭氏は安房国内に分立する他の武士団とは異なる存在基盤を持っていたと考えられ、長狭氏の敗北で平家は阿波での基盤を失った事になり、安房武士団が頼朝支持に振り切る象徴的な事件となります。
長狭氏の領地は対立していた三浦氏に継承されました。
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大河ドラマでは間抜けな役回り
そんな長狭常伴ですが、鎌倉殿の13人では黒澤光司さんが演じています。しかし、役割はトホホで史実同様に上総広常の下に向かう頼朝を襲撃しようと漁村に宿泊した頼朝を狙いますが、頼朝は漁師の女房、亀の前という人妻と関係を持っていました。
いきなり昼ドラみたいな展開ですが、もう少しお付き合い下さい。一方で、上総国の豪族、上総広常は北条義時に源氏に味方するように説得を受けていました。
広常は長狭常伴が頼朝を襲撃する事を知っていましたが(頼朝が天下を取るような男なら常伴の襲撃を回避できるだろう)と考え黙って様子を見ていました。襲撃の夜、頼朝は亀の前とウヒョる前でしたが、側近の安達盛長が亀の前の亭主が妻の不貞を知って、間男の頼朝を叩き殺そうと向かってきていると報告し、頼朝は亀の前を連れて家を抜け出しました。
このタイミングで宿を襲撃したのが長狭常伴で、仲間を引き連れた漁師の夫の一行と鉢合わせ、常伴は漁師の夫を頼朝の一党と思い込み、漁師の方は常伴を頼朝と思い込んで大騒動になり頼朝は暗殺を回避します。
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上総広常が頼朝に味方する
後日、頼朝が長狭常伴の襲撃を回避した事が上総広常の下にもたらされます。これには広常も驚き、頼朝は運を持っていると考えて義時の説得に応じて頼朝の味方につくのです。
その後、広常はわざと頼朝の軍勢に参陣する時間を遅らせて恩着せがましい態度を取りますが、頼朝は「約束の刻限に遅れるような部下は要らない!出て行け」と叱責したので頼朝の器量を悟り、馬から降りて忠誠を誓うことになりました。
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日本史ライターkawausoの独り言
このように大河ドラマでは、間男に間違えられ頼朝暗殺に失敗してしまう長狭常伴ですが、実際には安房における平家最後の砦であり、常伴の死で安房の御家人は雪崩を打って頼朝に味方する事になる象徴的な存在だったのです。
でも、大河ドラマの尺を考えると長狭氏の成立を細かく説明するわけにもいきませんし、どんな形であれ長狭常伴を出したのはスゴイと言えるかも知れませんね。
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