源義経は本当にサイコパス?簡単に人を殺してしまう性格はどうして?【鎌倉殿の13人】

13/03/2022


次々と奇跡を起こす天才武将・源義経

 

NHK大河ドラマ鎌倉殿の13人、第八話「いざ鎌倉」では源義経(みなもとのよしつね)の衝撃シーンが登場しました。

 

だまし討ちで無駄に相手を射殺する源義経

 

原野で兎を射止めた義経ですが、別の男が出てきて「兎は俺のモノだ」と矢羽を根拠に主張し、義経に矢を向け「返せ」と詰め寄ります。義経は矢の飛ばし合いをしてより遠くに飛んだ方が兎を獲得する事を提案し、先に男に矢を放たせ、直後に男を射殺して兎を手にしたのです。利益のために簡単に殺人を犯す義経の性格は史実なのでしょうか?

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

姉妹メディア「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

yuki tabata(田畑 雄貴)おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、姉妹メディア「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


兎の話はフィクション

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一羽(いちわ)のために簡単に殺人を犯す衝撃の義経ですが、史実では義経の足跡は頼朝と黄瀬川(きせがわ)で再会する時までよく分かっていません。従って兎の話はフィクションという事になります。

 

源頼朝と生き別れた弟・源義経

 

ただし、兎の話はフィクションでも史実と見られる義経の逸話には多くの問題行動があり、それこそが後に頼朝に疎まれ義経が没落する悲劇に繋がります。兎の話は傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な性格の義経を暗示するために創作されたと考えられるのです。

 

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自己中な義経

鎌倉を出禁される源義経

 

では、ここからは吾妻鏡(あづまかがみ)玉葉(ぎょくよう)に記された史実の義経の問題行動を解説します。

 

出典

問題行動

吾妻鏡 義経は鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)上棟式(あげむねしき)で頼朝に大工の棟梁(とうりょう)に褒美として馬を与えるよう命じられるが「私に見合う身分の人間がいないので」と断った。頼朝は「畠山重忠(はたけやまのしげただ)佐貫広綱(さぬきのひろつな)がいる。(いや)しい役だと思って拒否するな」と叱り、義経は慌てて馬を曳いた
玉葉 一ノ谷の合戦後、義経は討ち取った平家一門の首を獄門(ごくもん)に掛けるために引き渡しを要求するが朝廷は平家が皇室の外戚である事を理由に引き渡しを拒否した。

義経は平家が亡き父、義朝の仇である事を挙げ「朝敵、源義仲の首は獄門にしたのに、同じ朝敵の平家は獄門にしないのは筋が通らない」と主張し獄門に晒した。

吾妻鏡 梶原景時(かじわらのかげとき)は壇ノ浦の戦いの後に鎌倉に書状を送り、義経は自分勝手で鎌倉殿の指示も守らずやりたい放題をして、自分のみならず坂東御家人の恨みを買っていると報告。
玉葉

吾妻鏡

後白河法皇にどうして頼朝と対立したのかを説明。

頼朝が無実の叔父、源行家(みなもとのゆきいえ)を殺そうとしたので行家が謀反を企てた。

私は行家を制止しようとしたが叔父は承諾せず私も謀反に同意した。

私が謀反に同意したのは、兄頼朝に代わりに命を懸けて戦い平家を滅ぼしたのに、

兄は褒美どころか私の領地を没収してしまったからだ。

もう生きる希望もないが、そんな私を兄は殺そうとさえしている。

どうせ殺されるなら美濃の墨俣(すのまた)あたりで一戦して一矢報いようと思うので、

頼朝討伐の院宣を頂きたい。それが出来ないなら叔父と自害する。

粗暴と純粋が混在したような源義経

 

このような逸話から推測すると義経は自己顕示欲が高く、人の心を忖度(そんたく)できない自己中人間である様子が浮かび上がってきます。義経にも言い分があるのでしょうが、全てにおいて自分だけを正当化し被害妄想気味でもあります。

 

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源義経

 

 

死を恐れないが味方を危険にさらす義経

平家を滅ぼした最大の功労者・源義経

 

義経と言うと敵の意表を突く戦術で連戦連勝したイメージですが、その戦術は常に自分の命も味方の命も危険にさらしました。以下はそんな義経の性格が分る逸話です。

 

吾妻鏡 大蔵卿(おおくらきょう)藤原経泰(ふじわらのつねやす)が義経に言うには「私は貴族で兵法に詳しくないけれど、総大将が先陣を切るのは危険だと聞いているので副将を送るべきではないですか?」

義経は「私は以前より思う所ありて、常に戦陣で命を懸けているのです」と答えた。

吾妻鏡 義経が平家追討のために阿波に船を出すとにわかに暴風雨になり多くの船が破損したので、誰も船を出す事を渋った。義経は「天皇の命令を実行するのに遅れてはいけない暴風雨など問題ではないすぐに船を出せ」と命じ暴風雨の中を五隻の船で渡り追い風のお陰で3日掛かる行程が4時間で済んだ。

于禁の部下と兵士

 

義経は死を恐れない勇将でしたが、同じ感覚を部下にも強制しました。こんな事では命がいくつあっても足りないと辟易(へきえき)する御家人は少なからずいたでしょう。逆にそんな義経に心酔する武士もいたでしょうが、それは小数に留まったのです。

 

結果勝利したからいいようなものの、一歩間違えばという事はあった筈で、それが義経への不満や恨みとして蓄積した可能性はあります。

 

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鎌倉殿の13人は悲劇の英雄義経を描かない

源義経の八艘飛び

 

さて、ここまでカワウソ編集長が史実の義経について書いてみたのは、鎌倉殿の13人と関係があります。第八話まで視聴してみて編集長が思ったのは、三谷幸喜はキレイゴト大河を描かないんだろうなという事です。

 

サイコパスで空気が読めない源義経

 

キレイゴト大河というのは編集長の造語ですが、つまり大河の主人公は善で、一見悪事をしているように見えても、それはやむを得ない事情や何者かに騙されてやった事であり本意ではないみたいな意味です。

 

平家の水軍(壇ノ浦の戦い) 平清盛

 

義経像はそんなキレイゴト大河の典型的な人物で、天真爛漫(てんしんらんまん)で正義感の固まりの青年武者義経が天才的な戦術で平家を壇ノ浦での滅亡に追い込むも、梶原景時のような佞臣(ねいしん)嫉妬(しっと)され、頼朝も景時に騙されて義経を追い詰めていき衣川で殺してしまう。

 

ああ、なにも悪くないのになんて可哀想な義経という判官びいきです。

 

源義経 鎌倉時代

 

でも、実際にそんな事はアリエナイのであり、義経には頼朝や御家人に疎まれる性格的な欠落がありそれがために滅んだのです。その事に触れないで義経を美化するのは結局、義経をキチンと評価していない事になるでしょう。

 

武蔵坊弁慶

 

だから三谷幸喜は最初でフィクションの兎狩りの場面を描いて、鎌倉殿の13人の義経は決して悲劇の英雄ではありませんよと、従来の義経像に反旗を(ひるが)したのではないかと思います。

 

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北条義時

 

日本史ライターkawausoの独り言

朝まで三国志2017-77 kawauso

 

自分勝手な義経ですが、自分なりの美意識を持っていました。頼朝の追討軍が迫っても自棄(やけ)になって京都で乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働く事なく、潔く軍勢を率いて京都を出て行ったのです。

 

義経記 書類

 

きっとまた都が荒れ果てると右往左往していた人々は義経の決断に深く感謝し、これが後の義経伝説へと繋がっていく事になりました。

 

「俺は強い!俺は勇者だ。だからこそ、弱い民草に迷惑はかけられない」義経の(いさぎよ)さは後世の武士の(かがみ)になったのです。

 

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源頼朝

 

 

 

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